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【音楽の政治学】虹をかける南ア国歌 (1/2ページ)
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1995年6月24日、南アフリカの主要都市ヨハネスブルク。エリス・パーク競技場は、ラグビーW杯決勝戦のスプリングボクス(南ア代表の愛称)対オールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)を見ようと、6万5000人の観衆で埋まっていた。
身長174センチ、体重84キロ。ラグビー選手としては小柄で「黒い真珠」と呼ばれた快速ウイング、チェスター・ウィリアムズ氏=現南アB代表監督=は「試合の準備をしている間、人種に関係なく観衆が総立ちになって新しい国歌を歌っていた。感動的な光景で、私も大声で歌った」と振り返る。
アパルトヘイト(人種隔離)政策をとっていた南アは、制裁により国際大会に出場できなかった。しかし、91年に同政策を廃止、94年には全人種選挙を実施し、ネルソン・マンデラ氏を南ア初の黒人大統領に選出する。W杯は国際社会への復帰をアピールするものでもあり、南アは初出場、初優勝を目指していた。
一方のウィリアムズ氏は南アのラグビー史上初の、そしてただ1人の黒人代表選手。残りの25人は白人だった。マンデラ氏は試合前に更衣室を訪れ、「さあ、祖国のために戦おう」と呼びかけた。ウィリアムズ氏にも「W杯の栄光は君にかかっている」と励ました。

