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軍政に破れた民主化の夢 ブット元首相

2007.12.28 12:21
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イスラマバードの大統領官邸で、首相就任の宣誓をするブット氏(右)。左はカーン大統領代行=1988年12月2日(ロイター)イスラマバードの大統領官邸で、首相就任の宣誓をするブット氏(右)。左はカーン大統領代行=1988年12月2日(ロイター)

 パキスタンのベナジル・ブット元首相は、事実上の軍政を敷いてきたムシャラフ政権の打倒を目指し約8年半の亡命生活から帰国して、わずか2カ月余りで暗殺された。ブット氏は、米英の後押しを得てパキスタンの民主化を進めようとしたが、かつて軍政下で処刑された父親同様、志半ばで命を落とした。(岩田智雄)

 パキスタン南部カラチの大地主の家庭に生まれたブット氏は、同国初代首相のズルフィカル・アリ・ブット氏の娘だ。父親は、ジアウル・ハク軍事政権下で政敵殺害の罪で絞首刑に処されており、ブット氏は自伝の中で、父親を「暗殺」した「軍事独裁者ハク」への遺恨をつづり、軍事政権への反発を抱き続けてきた。

 ブット氏の弟2人もまた、カラチで銃撃を受けて殺害されたり、フランスで謎の死を遂げたりしている。家族は大富豪のエリート政治家家庭に育ちながら、次々に非業の死を遂げており、ブット氏も同様の運命をたどった。

 ブット氏はこれまで、軍事政権と対峙(たいじ)しながら2度首相を務めている。しかし、汚職や政府資金をめぐる不正を問われ、1999年以降、ドバイなどで事実上の亡命生活を送ってきた。ムシャラフ大統領の強権政治への批判が高まるなか帰国を果たしたのが今年10月18日。イスラム過激派に対する強硬姿勢を鮮明にしていたためテロの危険が指摘されていたものの、「死を恐れることはない」として、カラチの町をパレードし、熱狂的な支持者に迎えられた。

 しかし翌日未明、大型車で移動中に自爆テロの標的にされ、ブット氏自身は無事だったものの支持者ら約140人が犠牲となる惨事を招いた。

 ブット氏は来年1月8日に実施予定の選挙を前に米紙ウォールストリート・ジャーナルへの寄稿で、「選挙運動をしなければ、テロリストたちが勝利し、民主主義はさらに後退する。運動を行えば、暴力の危険がある。究極のジレンマだ」と記していた。

 パキスタンではムシャラフ大統領が内外からの批判を浴びて陸軍参謀長を辞任したとはいえ、大統領の側近が後任となり、軍が事実上政治を握っている。ブット氏の民主化の夢は暗殺によってついえ、パキスタン情勢の混迷にさらに拍車がかかっている。

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イスラマバードの大統領官邸で、首相就任の宣誓をするブット氏(右)。左はカーン大統領代行=1988年12月2日(ロイター)
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