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【週刊韓(カラ)から】ソウルの「神社跡」をめぐる (2/4ページ)
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ヒルトンホテル近くの急な階段を登ると現在、南山公園となっている広場が現れる。独立運動家、金九の銅像などが建っていた。広場を抜けて素月通りを渡り、急な階段をさらに登った。当時も同じあたりに、境内へと続く階段があったとされる。
階段を登り切るとまた広場が現れ、右手に伊藤博文を暗殺した安重根の記念館、左手にソウル科学教育館があった。この辺からさらに奥に入った所が朝鮮神宮の境内だったという。記念館辺りには社務所があったようだ。
奥までさらに進むと噴水台が現れ、また本殿があったとされる場所には草木が生い茂り、何も残っていなかった。当時は、参道のところどころに献灯や鳥居があり、本殿のほか拝殿など十数個の建物が立ち並んでいたという。しかし、現在は鳥居の台石すら残っておらず、跡形もなく“消された”といった印象を受けた。
当時の資料によると、1940年代には、朝鮮神宮に年間200万人から250万人が参拝したという。1日平均おおよそ5000人から7000人が参拝していたことになり、かなりにぎわっていたとみられる。
1936年、神社規則の改定により「一邑面一神社主義」(村ごとに1つの神社をつくる政策)が打ち出され、朝鮮全土に国家神道の普及が図られることになった。翌年から大々的に神社参拝の強要が始まったとされる。それまでは朝鮮人への参拝は強制されていなかったが、その後年々朝鮮人の参拝が強化されたようだ。










