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対韓配慮で政治決着 冷戦時代の産物、金大中事件
【ソウル=黒田勝弘】1973年、日本で起きた金大中拉致事件は日韓関係を大きく揺るがし、韓国の国際的イメージを大きく傷つけた。とくに日本では現在の北朝鮮非難に匹敵する韓国非難の声が上がった。これを好機として北朝鮮は大々的に韓国非難キャンペーンを展開し、韓国は内外で窮地に立たされた。
日本政府は当時、日韓協力拡大で経済建設を進めていた朴正煕政権を追い詰め、弱体化させるのはまずいとの政治判断から、真相解明や韓国政府に対する責任追及はあいまいにしたまま外交的決着を図った。冷戦を背景に、ソ連や中国、北朝鮮など“共産主義の脅威”を最前線で防いでいる韓国の安定と安全および日本の安全保障などを考慮した結果だった。
当時から「韓国情報機関による組織的犯行」というのは公然の秘密だったが、韓国側には「日本に頭を下げる」ことを潔しとしない雰囲気が強く、日本政府も韓国の対日感情を考え、深追いを避けた。その結果、日本政府は韓国批判の強かった野党陣営や左派・革新系などいわゆる進歩派勢力から非難され、これは金大中氏の政治的自由が回復する80年代半ばまで続いた。
「過去事件の真相究明委員会」を設置した革新系の盧武鉉政権は、旧朴政権を軍事政権として批判、否定し、その歴史的業績を低く評価しようとしてきた。今回の調査もその一環で、事件の「真相」として情報機関の組織的犯行を確認することで朴政権を改めて批判している。
しかし、「韓国の公権力による日本での不法行為」は日本にとっては「国家主権の侵害」になり、これは当時から残された課題として議論になってきた点だ。今回の調査結果で「主権侵害」が明らかになり、盧武鉉政権としては国として責任を負う立場から日本に対し「謝罪」や「遺憾」など頭を下げざるを得ないという、皮肉な事態になった。
日本を舞台にした外国機関による拉致事件には、北朝鮮工作員による日本人拉致事件もある。事件の性格に違いはあるが、北朝鮮は最高責任者の金正日総書記が「謝罪」したものの、事件の真相解明が残っている。韓国の場合、真相解明を発表した後、「謝罪」をどうするのか、出方が注目される。