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【集う】「初代駐日ポーランド大使タデウシュ・ロメル展」内覧会(4月25日、東京都目黒区のポーランド大使館)
歴史に埋もれていたひとりの外交官に、光があてられようとしている。初代駐日ポーランド大使を務めたタデウシュ・ロメル(1894〜1978)。日本のシンドラーと呼ばれる杉原千畝がリトアニアで発給した「命のビザ」で欧州を脱出したポーランドのユダヤ人を、日本にあって引き受けたのがロメルであった。
1937年から41年までの駐日大使時代やその後のカナダへの亡命など、激動の時代に生きた外交官の生涯をパネルや映像でたどる催しが、29日まで(月、水のみ)開かれている。
ワルシャワの博物館でも昨年、同様の展示が行われたという。ポーランド外務省のマルゴザタ・ジュドゥシュツカ・ジェミリスカさんは「ロメルのことは社会主義の時代にはポーランドでも知られていなかったが、いまは学校で学ぶ歴史上の人物のひとりになっているのです」と説明した。
ロメルはシベリア経由で日本にたどり着いたユダヤ人の生活を確保し、第三国への脱出に向けたビザなどの手続きに奔走した。その一方では枢軸に傾く日本との外交関係維持に努め、ドイツがポーランドに攻め込んだ後もなお、人脈を駆使して太平洋戦争勃発(ぼっぱつ)の直前まで関係を持ちこたえさせたという。
「国は戦争状態にあっても人と人の関係は続く。これはロメルや杉原が私たちに伝える重要なメッセージだ」と、マルチン・リビツキ現駐日大使は言う。
会場には、初めて日本の土を踏むロメルの孫2人の姿もあった。そのひとりでいまはメキシコに住むヨランタ・ロメル・ニトスラウスカさん(59)は会場で、ロメルの娘に当たる彼女の母親と同級生だった牟田口靖子さんらとの出会いを喜んだ。牟田口さんはロメル一家が日本を去ったときを思い返し「当時は長い別れになるとは思ってもみませんでした」と、しみじみ。時代を超え、国を超えて、ロメルが結びつけた出会いに違いない。
(坂本英彰)

