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【音楽の政治学】ショスタコービッチの家 全体主義に苦悩した生涯 (1/2ページ)
このニュースのトピックス:音楽の政治学
20世紀を代表する旧ソ連の作曲家、ドミートリー・ショスタコービッチ(1906〜75年)の博物館は、出身地ロシアの古都サンクトペテルブルク中心の古いアパートにあった。
目抜き通りネフスキー通りに近い帝政時代の5階建て住宅の最上階。作曲家が14〜33年まで暮らした部屋に入ると、作曲に使った机や自筆の楽譜、音楽会のポスター、知人らにあてた手紙などに混じり、若いころに撮影した笑顔の白黒写真が展示されていた。
「こんなに笑ったショスタコービッチの写真は、珍しいのですよ」
案内役を務めたロストロポービッチ財団のラリーサさんがこう語った。確かにその1枚以外の写真はすべて真剣な面持ちだ。
このアパートは、ショスタコービッチがオペラの傑作「ムツェンスク郡のマクベス夫人」を完成させ、天才作曲家としての生涯の出発点となった。だが、貧困生活を送り、作品は、スターリンの独裁下で「資本主義的な堕落音楽」と非難された。自由な創作活動を求めた芸術家たちが次々に逮捕され消息を絶つ中、作曲家の身にも粛清の危険が迫っていた。
勇壮で美しい響きの社会主義国家礼賛曲として知られる交響曲第5番(題名は「革命」)は、そんな苦境の中で生まれた。国家に迎合しなければ生き残れなかった狂気の中で創作活動を続ける苦悩が、作曲家の笑顔をも奪ったのだろう。


