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【音楽の政治学】「血の日曜日」U2 真実は語られるか (1/2ページ)

2008.3.8 14:24
このニュースのトピックス音楽の政治学
記念碑の前で「血の日曜日」について語るハーキン監督記念碑の前で「血の日曜日」について語るハーキン監督

 1972年1月30日に英領、北アイルランド北西部のデリーで、デモに参加していたカトリック系住民14人が英軍に射殺された「血の日曜日」の現場を訪ねた。ブレア英前首相は98年、惨劇の真相を検証する調査委員会を再開し、その結果は今年の夏に出る。

 英統治の存続を望むプロテスタント系住民はこの町を「ロンドンデリー」と呼ぶ。空港から現場までギャラハー氏(49)の運転するタクシーに乗った。氏の兄はカトリック過激派アイルランド共和軍(IRA)の志願兵になり76年、20歳のときに英軍に射殺された。「仕事がないカトリックの若者の多くはIRAに入った」という。

 「自由なデリーに入ります」と書かれた記念碑の脇に建つ民家の壁には、火炎瓶を握りしめたガスマスク姿の少年が描かれている。他の壁には射殺された14人の顔やハンガー・ストライキを行うIRAの服役囚が描写され、重い沈黙が支配していた。

 アイルランド出身のロックバンド、U2が非暴力のメッセージを込めた「サンデー・ブラディ・サンデー(血の日曜日)」は、20年にダブリンで起きた流血の惨事と72年のデリーでの事件をモチーフにしている。

 ♪今日のニュースが実際に起きたなんて信じられない 目をつぶることもできない… いつまで僕たちはこの歌を口ずさまなければならないのか

 3200人以上の犠牲者を出した北アイルランド紛争の“主戦場”であるベルファストで、82年に開かれたコンサートでボーカルのボノは、「もしこの歌がイヤなら二度と歌わない」と呼びかけた。観衆3000人のうち3人が退場した。この歌はIRAを批判していると受け止められたのだ。このためシングル盤も83年にドイツとオランダで限定発売された。

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記念碑の前で「血の日曜日」について語るハーキン監督
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