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【グローバルインタビュー】政権交代で揺れる対日姿勢 許世楷・台北駐日経済文化代表処前代表 (1/5ページ)
台湾の駐日大使に相当する台北駐日経済文化代表処代表の許世楷氏(74)が7月10日に離日した。退任を控えた6月、尖閣諸島沖で日本の巡視船と接触した台湾の遊漁船が沈没する事件が起き、台湾の劉兆玄行政院長(首相)が「(日本との)開戦も排除しない」と発言するなど一触即発状態に。事故を巡る台湾への説明が曲解され、与党である中国国民党の議員から「台奸(たいかん)(台湾の売国奴)」と非難された許氏は、「志し有る者は殺されても辱めは受けない」との言葉を残して即刻辞意を表明。馬英九総統の承認を得て、4年の任期をちょうど終える形で台湾に戻った。8年ぶりの政権交代で掌を返すように対日姿勢を変えた台湾。離日前の最後のインタビューで許氏の考え方を聞いた。(河崎真澄)
【4年間を振り返って】
この4年間はいろいろな(対日関係上の)目標を立て、実際にさまざまな人の協力を得て動かした結果、そもそも考えていたような形で実現することが多くあった。むろん日本政府の強力な支援のおかげだが、2005年2月の日米安保条約に基づく定期協議で「台湾海峡の平和維持」が共通戦略目標に挙がり、同年8月には訪日台湾人へのノービザ(査証)措置の恒久化が取られ、運転免許の日台相互承認も実現した。昨年は李登輝元総統の退任後のご夫婦3度目の訪日で「奥の細道」探訪もようやくかなった。
さらに国交がない台湾と日本の間で、表立っては話せない高度な進展もあり、自分自身は充実した4年間だったと思っている。駐日代表に赴任したのは2004年7月のこと。たしか4日か5日だったと思う。私の誕生日は7月7日で満70歳だった。ちょうど4年間。この4年間に悔いはない。体調もこの4年間どうにかもって、やらせていただいた。
【故郷の台中地区への思い】
1992年に(李登輝政権時代になって国民党政権が)私たちの「ブラックリスト」を解いて、(日本への留学後)初めて台湾に帰った。すぐに台中に帰って住むことを決めた。民主化や自由化で台中は弱い面がある。かつて日本統治下には台中は(自由化を求める)文化運動の中心地だった。そういう意味で政治的に弱くはないのだが、現在は毎回の選挙が示すような(国民党優勢の)結果になっている。ぜひここは民主化を強化したい。90年代には自分が育った故郷で大学でも教え、文化方面から意識の水準を高めてきた。憲法教室を開いたりした。今後も地方は大事だ。今回の総統選挙結果をみてもそうだ。
帰ったらまた故郷の台中の自宅に住むつもりだ。そして(当時は駐日代表に就任すると考えておらず)4年前にやろうと計画していた書き物や調べ物をしたい。台中や彰化で地域の民主化や人間のモノの考え方を促進することを手伝えたらいいなと思っている。もう中央(台北政界)に関しては一段落させてもらいたい。
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