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【集う】張超英さんを偲ぶ夕べ(28日、東京・内幸町の日本記者クラブ)
台湾の「駐日大使館」に当たる台北駐日経済文化代表処の新聞組長(広報責任者)を、約10年間にわたって務め、昨年3月、74歳で亡くなった張超英さんには“伝説的なエピソード”がいくつも残っている。
昭和59(1984)年夏、現役の首相であった中曽根康弘氏と(国交のない)台湾の政府幹部との「極秘会談」を知人のメディア関係者を通じて軽井沢のゴルフ場でセット。同じころには、当時、中国大陸側から熱烈なラブコールを受けていた台湾出身の人気歌手、テレサ・テンの記者会見を東京で企画し、大陸側に見事な“ヒジ鉄”を食らわせてみたり…。
70年代以降、日本やアメリカが台湾と断交し国際社会で厳しい立場に置かれるなかで、「いかにして台湾を生き残らせるか」が張さんの仕事のテーマだった。「北京寄り」の視点しか持たなかった日本の多くのメディア関係者や政治家の懐に飛び込み、ときには激論を交わしながら幅広い人脈を築いていった。そのうちに張さんの人柄に魅せられたジャーナリストや知識人は数知れない。
ジェラルド・カーティス・コロンビア大学教授は、「彼には『右』も『左』も関係なかった。『人』として真剣に付き合ったのです。台湾を愛し、そして日本を、アメリカを愛した人だった」。朝日新聞の船橋洋一主筆は、「台湾の課題は、実は日本の課題でもある。今の日本を見て張さんがどう言うか聞いてみたい。『しっかりせよ』と言ってくれたのではないか」と遺影に語りかけた。
台北駐日経済文化代表処の許世楷代表、江口克彦PHP研究所社長、住田良能産経新聞社社長。壇上から続く温かいスピーチに、アメリカから駆けつけた顔千鶴夫人は「(夫は)世界中の友達に恵まれました」。
献杯の音頭をとった田久保忠衛・杏林大学客員教授は、こう言って杯をあげた。「彼こそは、優れた『台湾人』でした」(喜多由浩)

