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【世界のかたち、日本のかたち】大阪大教授・坂元一哉
■「中国の変化」望む声
オリンピックに関連して、北京の大気汚染に話が及んだときのこと。日本における中国政治研究の第一人者、A教授が、まあ、北京の空気がきれいだとはお世辞にも言えないが、昔は、暖房や炊事に使う石炭の煙で目がちかちかして大変だった。今はガスだから、その点は昔よりよくなったと言って、にこりとされた。
「昔よりよくなった」という感覚はオリンピックを開く中国国民の自信を裏打ちしているように思える。実際よそ目に見ても、中国は昔よりずいぶんよくなった。早い話、今年は平和の祭典・オリンピックを自国で開催するわけだが、アジアで最初のオリンピックが東京で開かれた時(1964=昭和39年)には、これに参加せず、開催中に核実験を行って世界をあきれさせた。2年後に始まった文化大革命は、中国を破壊と暴力の大混乱に陥れ、餓死者をふくめて膨大な数の犠牲者を生み出している。世界の発展に取り残された経済は停滞し、国民の生活は豊かさとはほど遠いレベルにとどまった。
だが1970年代末からは、改革開放政策の下、年平均10%弱の経済成長を二十数年間にわたって続け、いまや世界経済を牽引(けんいん)する経済大国である。都市の風景は一変、ガスの普及に見られるように生活は近代化した。農村も貧困人口が激減。中国の基準では、その割合がほぼ10分の1に減ったという。中国の巨大な人口を考えれば、この貧困削減には世界史的な意義がある。
ただ「昔よりよくなった」ことが新たな課題をもたらしているのも事実だろう。急速な経済発展は、政治(一党独裁)と経済(市場経済)の矛盾、都市と農村の格差を拡大し、深刻な環境破壊を引き起こした。低賃金だけに頼る経済発展には限界が見られるし、巨額の貿易黒字が経済に与える悪影響も心配されている。
そうした難題に取り組まねばならない矢先に、世界が中国を見る目の厳しさが増してきた。世界は、中国が「昔よりよくなった」ことを前提としつつ、「さらによくなる」ことを求めはじめたのである。とくにチベット問題に見られるように、自由や人権といった普遍的価値にかかわることで中国は変わるべきだ、との声が強くなっている。
世界の声は中国には内政干渉のように、あるいは嫉妬(しつと)から来る意地悪のように聞こえるかもしれない。だがそういう反発をしてみても仕方がない。普遍的価値の尊重を求める声は、中国が今後責任ある大国として世界政治をリードしようとすれば、強まることこそあれ、弱まることはないだろう。
胡錦濤政権もそのことに気付いているはずである。先日の主席訪日の際に出された日中共同声明には日中双方が「国際社会が共に認める基本的かつ普遍的価値の一層の理解と追求のために緊密に協力する」との注目すべき文言が盛り込まれた。ストレートな表現ではないが、自由や人権の問題が日中関係においても重みを持つことを認めたものである。
日本はこれまで、中国が「昔よりよくなる」ことに円借款(ODA)などで協力してきた。その円借款が終わるまさにその年に、中国が「さらによくなる」ために欠かせない、大事な要因の一つを確認した意義は小さくないと思う。(さかもと・かずや)

