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【一筆多論】矢島誠司 こんどは「孟子」を話題に
北京五輪の正式なスローガンは「一つの世界、一つの夢」である。しかし、チベット問題の広がりと、中国政府の力による非妥協的対応を見ていると、隠されたもう一つのスローガンに「一つの中国」があったのではないかと思えてくる。
中国周辺の異民族や台湾に対して、何としてでも「一つの中国」を受け入れさせ、分離独立は許さないぞ、という強烈な意思表示である。
だが、中国が「一つの中国」を強いれば強いるほど、また、海外留学生を含め中国人がナショナリズムを燃やせば燃やすほど、国際社会はその中華思想=中国中心主義に反発し、覇権主義だとして警戒感を高めてきているのが現状ではないか。
中国が覇権主義、覇道の道を歩めば、胡錦濤・国家主席が唱える国際社会との調和を目指す「和諧(わかい)世界」の実現は信用されず、遠のくばかりである。
じつは、中国指導部にこの「覇道」を戒め、「王道」を行くよう説いていた日本人がいる。平成18年12月、89歳で亡くなった民間の日中ビジネス促進機関、日中経済貿易センターの名誉会長(国際石油社長)だった木村一三氏である。
木村翁は、生涯、日中関係正常化に尽くした人で、周恩来以後の歴代の中国首脳とサシで話してきたという稀有(けう)な人物だ。大陸浪人を思わせる気宇壮大な人だった。
中国政府がいかに信頼していたかは、昨年2月、大阪で行われた告別式で、王毅・中国大使(当時)が「木村氏は中国の人びとが信頼する方だった。彼は畢生(ひっせい)の力を中日の友好事業にささげ、両国関係の回復・発展に積極的な貢献を果たした」と述べたことでも分かる。
木村翁は生前、自ら「新王道論」と名付けた中国の行くべき道を江沢民主席、胡錦濤副主席(いずれも当時)に直接伝えたと語っていた。それは米国の外交・軍事を覇道と批判したうえで、中国はアジアの王道に平和5原則を加えた新王道論で、日中と世界の平和を導くべし−と説いたものであった。
その新王道論には、「台湾とは覇道ではなく、新王道論に基づいて平和統一を」などの提言もあり、台湾には受け入れがたい向きもあろうが、中国首脳に「覇道ではなく王道で」と説いた意義は大きい。
木村翁が「新王道論」と名付けたのは、孫文や戦前の日本の大アジア主義者たちによる「西欧の覇道に対するアジアの王道」の思想があったためだろうが、大本には孟子の説いた王道論があったことはいうまでもない。自説は、孟子以来のアジアの王道論に基づくものだということだろう。
孟子が覇道ではなく王道論を説いたことは、孔子の「論語」と並ぶ四書の一つ「孟子」にある。力による統治=覇道ではなく、仁義や徳に基づく民重視の統治=王道の教えである。
中国が愛国反日教育や軍備拡大で政権維持を図ろうとするのは、孟子の言を借りれば、「木に縁(よ)って魚を求むるがごとし」だ。木に登って魚を取ることができないように、手段を間違えれば目的は達成できない。
胡錦濤主席が明日6日から10日まで来日する。中国国家主席としては10年ぶりだ。福田康夫首相は昨年末の訪中では、孔子の故郷・曲阜を訪れるなど、孔子を話題にした。こんどは、孔子の後継者である孟子を話題にしてはどうだろうか。