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【記者ブログ】チベット騒乱:新華社の公式分析読んでみる? 福島香織 (4/5ページ)
■-(3)民族分裂宣伝活動に従事。2007年、ダライ集団組織のいうところの「チベットへの平和マーチ」活動のとき、ダライ集団安全部の指示のもと、この人物は情報員と連絡をとり、ダライ集団にむけて声援の手紙を共同で書いて発信した。ダライ集団はわが国の「宗教事務管理条例」に対する攻撃的文章を某当局者経由でこの人物に渡し、コピーさせ、ラサのデプン、セラ、ガンデンの3大寺院でばらまかせた。2007年10月、ダライ集団は再び、人を派遣してこの人物にダライが米国で勲章を受章した情報を焼いたDVDを渡し、この人物はこれをコピーして社会上にばらまいた。
■ラサ3・14事件前後、双方の連絡は緊密になった。この期間、ダライ集団安全部某当局者がこの人物に送った「チベット人民大蜂起運動建議書」などは、この人物がコピーし、ラサでばらまいた。ラサの打ち壊し略奪焼き討ち事件後、この人物はまた情報員に多くの活動を指示し、関連情報を集めさせ、ダライ集団に報告した。
■3・14事件に直接参与、組織画策したこの容疑者はダライ集団のこの某当局者とネットワークを設立後、その意を受けて民族分裂活動の犯罪に従事したことを素直にみとめて供述している。
■わが国の公安機関は、域外のダライ集団と連絡をもち、3・14事件に参与、組織、画策していた複数の容疑者を拘束しており、すでに域内で活動ネットワークにかかわっていたダライ集団安全部の重要当局者を特定している。
■鉄のごとく揺るぎない証拠を前に、長期にわたり分裂活動に従事し、3・14事件を扇動、鼓舞していた阿旺朗吉も口をわっている。彼は1989年当時、デプン寺の僧侶であり、ラサ騒乱に参与したとして処罰を受けた過去がある。3・14事件前後、彼と暴徒は非常に頻繁に行き来していた。他の暴徒が指摘する証拠を前に、阿旺朗吉はついに「ラサ市堆竜●(=徳の心の上に一)慶県で、5軒の雑貨屋を開いているが、店が雇っている店員6人は、刑期を終了して釈放されたものたちで、主に分裂活動に従事していました」と認めた。
■←どう読んでも、阿旺朗吉氏が今回の事件に関与していた証拠になっていない気がする。ようするに89年の騒乱に関係したけど、もう刑期満了で還俗してで雑貨家やっていて、その店員が全員元政治犯、というだけのことだろう?それがいけないのか?
■公安機関が捜査によって発見したことは、ネットはすでにダライ集団の重要な指令伝達ルートであり、「チベット人民大蜂起運動建議書」、行動計画やその役割分担などもネットを通じて連絡が行われた。
■このほか、ダライ集団と域内独立分子は、新たなルートでも結びついている。:まず、通信手段を利用し、簡単な連絡を取り合い、時間を決めて、VOA(ボイス・オブ・アメリカ米短波ラジオ)を聞く約束をとりつけ、VOAチベット語放送の中に、暗号を含むようあらかじめ指示して域内の関連情報を外部に伝えるというやり方である。
■ダライ集団は、暴力事件の影響を拡大させるために、専門のキーパーソンを域内に潜入させ、デマをばらまき、金をつかって真相を知らぬ人物を買収し、街で打ち壊し略奪焼き討ちなどを起こさせた。林芝地区からきた卓瑪は、後悔してこう語る。「15日午後、私たち50人は雪新村で数件の店舗に対して略奪や打ち壊しを行いました。私は数百元を稼ぎました。16日午後は、60人以上で、雪新村岔路に集まり、ある見知らぬ人物から、告げられた通りのことを行いました。しかし数人殴ったところで捕まりました。」
■ラサ事件発生後、域外の分裂勢力は頻繁に四川省甘孜チベット自治州の情報員に頻繁に電話をかけ、事件を大きくするよう扇動するように指示。証拠によると、域外分裂分子甘孜地区にむかって、反動書籍やDVDなどの画像をばらまき、デマを流し、極めて強い扇動性をもって、たえず域内外の人員に指令を出し、画策、鼓舞して甘孜での破壊活動を実施した。2月中下旬以来、四川省成都の税関は、インドから甘孜の各寺院によせられた大量のチベット独立宣伝品を押収。最近、チベット青年会議はまたもや甘孜域内で長期に遊撃闘争を展開するように指令を出している。
■ ←独立宣伝品って、たんなるダライラマグッズだろう。それは独立派でなくとも、ちべっと族なら誰でも欲しがるものなのだ。
■これらの種々の事実が、暴力事件の組織性を示している。:
■3・14ラサ暴力事件が発生したとき、おおよそ門の前にハダ(巡礼などにつかうスカーフ)を掲げている店舗は「幸運にも被害を免れた」。その一方で、また扉に「大蜂起」の略語「T・G・C」のラベルを貼り付けられた店は、水で洗ったように略奪され、さらには火まで放たれた。服飾品店では5人の花も盛りの少女たちが火の海の中でその身を焼かれたのだ。暴徒たちは、奇計で虚をつき、繰り返し出撃し、さらに大きな範囲で、打ち壊し略奪焼き討ちなどの破壊行為をおこなったのだ。