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チベット騒乱「民族問題は安保問題」 星野昌裕・静岡県立大准教授

2008.4.10 17:37
このニュースのトピックスカメラが捉えた瞬間
星野昌裕・静岡県立大学准教授星野昌裕・静岡県立大学准教授

 中国で発生したチベット騒乱は、世界各地で北京五輪の聖火リレーが妨害されるなど大きな波紋を呼んでいる。騒乱に至った歴史的背景は何か。また、今後の見通しはどうか。静岡県立大の星野昌裕准教授に聞いた。要旨は次の通り。

 ■揺れ動いた民族政策

 今回のチベット騒乱は、中国建国以来の少数民族政策「民族区域自治制度」に対する反発が、何かのきっかけで火を噴いたものと考えられる。中国共産党の少数民族政策は、おおまかにいえば(1)建国前(2)毛沢東時代(3)1978年から80年代にかけての改革開放時代(4)改革開放が続く90年代から現在−の大きく4期で分けることができ、同制度はこの中で生まれ、揺れ動いてきた。

 共産党はまず、1921年の結党以来49年の建国までの間、分権的な連邦制か中央集権下での民族自治かで迷った。結局、少数民族地域の統合を優先し、建国時に連邦制を否定した。

 当時制定されたのが民族区域自治制度である。チベットなどの自治区、自治州、自治県からなる民族自治地方で、少数民族を優遇し一定の権限を与える「民族自治」と、民族自治地方内で漢族を含む各民族の平等を強調する「区域自治」を融合させたものだ。

 中国はこの後も、民族自治と区域自治のどちらに重点を置くかで悩んできた。毛沢東時代は、民族自治より区域自治が優先されたが、78年からの改革開放時代になると、それまで民族自治の部分があまりにも機能しなかったという反省から、民族自治が強調されるようになった。84年には、民族自治地方の人民代表大会(議会)のトップかナンバー2、また政府のトップに少数民族がつくことが法制化される。

 ■引き締め策を強化

 しかし、少数民族による異議申し立ては鳴りやまなかった。法律で議会や政府の民族籍を規定しても、真の権力機関である共産党にその規定が適用されなかったことが最大の原因である。民族自治地方の最高実力者である党委書記は結局、漢族に独占されていたのだ。

 その後、87年から89年にかけての1年半にわたるチベット問題が、共産党に、融和的な少数民族政策を放棄させるきっかけを作った。この間、党内では事態収拾のため、愛国人士的なパンチェン・ラマ10世をラサに派遣してチベット僧の意見を集約しようとする穏健派と、力で封じ込めようとする強硬派のせめぎ合いが続いた。しかし89年1月にパンチェン・ラマが死に、穏健派は行き詰まった。同年3月に大規模なデモが起き、チベット自治区党委書記だった胡錦濤・現国家主席は戒厳令を敷いた。

 これ以後、中国の民族政策は民族自治より区域自治を再び重視し、少数民族の引き締めへと振れていった。宗教、意識、言語などの統制が強くなり、中国政府はさまざまな条例などを出し、特にチベット、新疆(しんきょう)ウイグルの両自治区で宗教に対する引き締めを一貫して行った。

 さらに中国は、社会主義で少数民族の求心力を確保できなくなったため、少数民族の祖国観、民族観、宗教観、歴史観などの中国化を推進している。新疆ウイグル自治区では、メッカ巡礼を厳しく規制している。住民が中東で独立運動派に会ったり、イスラム共同体という考え方を学んできたりすることを恐れているのだろう。

 中国にとり民族問題が重要なのは、それが安全保障問題でもあるからだ。中国の国土の64%は、民族自治地方であり、しかも周辺部に集中している。仮にチベットが独立し、他国がそこにミサイル基地を作るようなことになれば、中国のどの都市をも狙えることになるのだ。

 中国は、旧ソ連が崩壊へ向かう過程で、民族問題にうまく対応できなかったと考えている。そこからも何らかの教訓を得て、90年代になると、インドやロシア、中央アジア諸国など周辺国との関係を堅固にしていくとともに、少数民族の国内外の連携を封じ込めようとした。同時に、警察や軍を投入し、取り締まりを強化している。

 ■解決の展望は

 チベット問題は、長期の共産党体制下で鬱積(うっせき)したものが爆発したものだから、簡単には解決しない。共産党の政策は少数民族の心を掌握できなかったということだ。来年還暦を迎える中国は、その直前に改めて国家の在り方を問われている。

 ところで、チベットやウイグルの少数民族と貧困にさらされている漢族の農民の暴動が連動するという事態は起こるだろうか。推測するのは難しいが、中国では伝統的に民族問題か農村問題で王朝が倒れてきた。暴動が連動すれば極めて大きな問題になるだろう。

 新たな暴動が起きそうになった際、中国に力の源泉である軍や警察という暴力装置を行使させないよう情報の透明化を求めなければならない。その意味で、国際社会、さらに報道機関の役割も大きいといえるだろう。

     ◇

 星野昌裕(ほしの・まさひろ) 静岡県立大国際関係学部・同大大学院国際関係学研究科准教授。専門は現代中国の政治外交、政治学、中国の少数民族問題。

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