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【音楽の政治学】「私の中国の心」改革開放以後、中国人を感動させた初の香港の歌 (2/2ページ)

2008.3.22 12:57
このニュースのトピックス音楽の政治学
1997年6月、返還の「慶祝」の花火が香港の夜空を赤く染めた1997年6月、返還の「慶祝」の花火が香港の夜空を赤く染めた

 しかし、転機はこの年の末に訪れた。当時、中国と英国の間で香港返還をめぐる協議が進み、中国国民の香港への関心がにわかに高まっていた。

 中国国営テレビ、中国電視台の看板番組「春節晩会」(旧正月を祝う中国版紅白歌合戦)のプロデューサー、黄一鶴氏が、香港の歌手を番組に招きたいと思い付いた。当時、「春節晩会」の視聴率は95%を超えていた。

 黄氏の提案には反対意見も多く寄せられた。「中国に多くの歌手がいるのに、なぜ香港から呼ばなければならないのか」「生中継なので、歌手が突然、中国を批判する政治的発言をしないという保証はない」。  改革開放がすでに始まったとはいえ、保守勢力の影響力は依然強く、香港で流行する多くの歌謡曲は「ポルノ音楽」「軟弱者の歌」として、中国国内では発禁処分とされていた。

 中央電視台の幹部は議論を重ねた末に、黄氏の提案を受け入れる。「香港返還の機運を高めるのにふさわしい」という理由だった。

 84年2月1日夜、張明敏氏は香港歌手として初めて「春節晩会」に登場し、熱唱した。それまで、メロディーも単調で、革命歌や共産党賛美の歌しか聴いてこなかった中国の民は、祖国への愛を歌った「私の中国の心」に魅了された。この歌以後、香港、台湾などから多くの流行歌が中国に入るようになる。

   (北京 矢板明夫)

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1997年6月、返還の「慶祝」の花火が香港の夜空を赤く染めた
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