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挑発に怨念噴出 チベットの哀しみ ペマ・ギャルポ氏 (4/5ページ)

2008.3.21 22:26
このニュースのトピックスチベット
チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラで20日、ろうそくを手に集まったチベット族の人たち(AP)チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラで20日、ろうそくを手に集まったチベット族の人たち(AP)

 ▼住職と檀家の関係

 中国はあれだけ広いのに、北京の時間で国を統一している。チベットと中国は、2時間半から3時間の時差がある。しかし、北京の時間がチベットに適用されているので、チベットではまだ明るいのに、夕食を食べなくてはいけない。朝は真っ暗なのに、朝食を食べなくてはいけない。これが現実で、いかに北京中心の価値観が押しつけられているかということだ。

 チベットの面積は中国全体の940万平方キロメートルのうち、230万平方キロメートル。チベット人居住地域にはチベット自治区とかチベット自治州とか、地図をみると、「自治」という言葉がついている。

 チベットは2100年以上の歴史を持つが、チベット人が一番誇りに思っているのは、吐蕃王朝(7世紀初めから9世紀中ごろ)の時代だ。チベットが中国にかいらい政権をつくっていたこともあった。

 中国とチベットはお互いに、仲良く過ごした時代もある。最も仲が良かったのは元の時代である。それから明、清の時代と続くが、この時代はたとえば、ナポレオンが皇帝になっても、ローマ法王の認知と後押しがなければ国民に対して、正当性をもてないように、中国の歴代皇帝とダライ・ラマもそんな関係に似ていた。檀家(だんか)とお寺の住職(チベット)の関係だった。

 檀家が偉いか、住職が偉いかは時代によって違うが、チベット側からすれば、自分たちの方が聖職で偉いと思っていた。こうした関係は1900年代まで続いた。

 1930年代、チベットには中国の支配が及んでいなかった。49年に中華人民共和国が成立すると、朝鮮戦争のどさくさにまぎれ、人民解放軍が、チベットに入ってきた。

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チベット亡命政府があるインド北部ダラムサラで20日、ろうそくを手に集まったチベット族の人たち(AP)
15日、インド北東部シングリ郊外でろうそくをともして抗議デモに加わる僧侶たち(ロイター)
ペマ・ギャルポ桐蔭横浜大教授
ペマ・ギャルポ桐蔭横浜大教授

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