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【正論】チベット騒乱 「明日の台湾問題」に影響も 中国軍事専門家・平松茂雄 (1/3ページ)

2008.3.21 04:08
このニュースのトピックスチベット

 中国のチベット自治区でまた暴動が起き、鎮圧された。多数の死傷者がでたばかりか、チベット自治区だけでなく、チベット人が居住している青海省、四川省、甘粛省にも拡大していると報じられている。

 チベット人は吐蕃(とばん)と呼ばれた国家を形成した歴史があり、ラマ教という仏教とそこから生まれた独自の歴史と文化を持っている。チベット・青海高原と呼ばれる標高4000〜5000メートルの高地に居住しているところから、中国人がここを支配し「同化」することは困難だった。

 地理的にもインド世界との交流が長くかつ深い。チベット人あるいはラマ教の信者は、チベット・青海高原を中心に、四川省から甘粛省、内蒙古にまで居住しており、もし「チベット独立」というような事態にでもなれば、その範囲は広大な地域に及ぶ可能性がある。

 そのため歴代の中国王朝は、チベット人居住地域を分割統治してきた。現在の共産党政権も同じだ。

 1949年中華民国が崩壊したとき、ダライ・ラマ14世は独立の動きを示し、欧米諸国の支持に期待した。だが50年10月中国は朝鮮戦争に参戦すると同時に、大部隊でチベットに進撃を開始した。当時中国本土とチベットを結ぶ道路はなく、部隊は獣道を踏み分けて進んだ。

 翌51年5月北京で「チベットの平和解決に関する協定」が締結された。協定はチベットの政治制度、宗教、風俗、習慣およびダライ・ラマの地位・職権を保障することと交換に、中国軍の進駐を認めること、中華人民共和国の一員として地域自治を実行することを迫った。

 ≪僧院や文化・風俗の破壊も≫

 この協定にチベットは不満だったが、進駐した中国軍を前にしては受け入れるほかなかった。

 チベットを支配下に収めた中国は、チベットと中国本土を結ぶ3本の自動車道路、チベット各地に駐屯する部隊を結ぶ道路を建設した。道路沿いの深山や原野に、町や工場、農場などが出現した。

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