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【トウ小平秘録】番外編 「炎黄春秋」副社長 楊継縄氏

2008.2.24 02:37
このニュースのトピックストウ小平秘録

 ■社会の衝突はさらに激化

 今年、30周年を迎えた改革・開放はトウ小平の名前と深く結びついている。それは中国経済に天地がひっくり返るほどの変化をもたらした。

 この30年間に、中国の国内総生産(GDP)は約60倍になった。2005年にフランスと英国を抜き、世界4位に躍進、トップ3の米、日、独との差は毎年縮まっている。中国の人口は1978年の9億6000万人が2006年に13億2000万人となり、3億6000万人(ほぼ欧州の人口に相当)増えたにもかかわらず、1人当たりのGDPは376元(1元は約15円)から1万5900元と、42倍になった。

 トウ小平は彼の人生の最も輝かしい改革開始後の16年間に、比較的豊かだが、貧富の格差も大きい社会、思想面で比較的自由だが、方向感を喪失した社会、活気に満ちながら、犯罪が横行する社会、多くのチャンスがあるものの、不公平な社会−をつくった。

 これらの矛盾には多くの原因があるが、最も本質的な原因について、トウ小平は1986年に自らこう述べている。

 「私たちの改革が最終的に成功するかどうかは、政治体制改革にかかっている」「経済体制改革のみを進めて、政治体制改革に手をつけないと、最終的には経済改革も失敗する」

 トウ小平は限りある人生において、「政治改革」の公約をついに達成できなかった。それだけではなく、89年の北京の政治風波(天安門事件)以後、逆に後退してしまった。そして「強権政治プラス市場経済」という制度を残した。

 20年余りの経済改革によって、市場経済の基礎は出来上がったが、政治体制はなお計画経済時代の段階にとどまっている。「強権政治プラス市場経済」は、今日の中国のあらゆる社会矛盾の根源なのだ。

 トウ小平の死去から今年2月19日で丸11年。この間、中国は大きな変化を遂げたが、トウ小平の影響から脱していない。人びとはなおポストトウ小平時代に生きている。

 ポストトウ小平時代の主要な特徴は「強権政治プラス市場経済」だが、その具体的特徴は、以下7点にまとめられる。

 (1)市場経済を強力に推進する一方、共産党の指導権力を強化するというトウ小平の定めた路線に沿い、社会主義の「四つの基本原則」を放棄しないと同時に、「三つの代表」や「和諧(わかい)社会」などの思想が導入され、政治的締め付けは若干緩んだ。

 (2)なお経済建設を中心にし、経済発展を重要課題にしているが、経済発展と同時に、社会問題の解決に注意を向けざるを得なくなった。民生や社会の公平性への関心も強まった。

 (3)改革は続けられているが、改革初期のように、戦争年代が生んだ政治強人(ストロングマン)によってではなく、改革以後の20余年間に形成された各種の社会勢力が力を合わせて推進している。

 (4)権力中枢はもはや真理の中心ではなく、権力側のイデオロギーは神聖さを失った。イデオロギー再建の歴史的任務が提起されているものの、ポストトウ小平時代にその任務を完成するのは不可能だ。報道の自由はないが、言論空間は以前に比べかなり広がった。

 (5)強人政治から常人政治に転じた。最高指導者は戦争年代の政治強人ではなく、巡り合わせ、性格、才能、品格などによって最高指導部入りした普通人になった。

 常人政治の特徴の一つは、既定の理念によってではなく、現実の必要に照らして事を運ぶこと、自らの政治力で既定の主張を押し通すことはできず、各種の政治勢力との連携によってのみ政策を実行できることである。

 改革の中で形成された強勢群体(エリート既得権集団)の力がますます大きくなり、彼らが連合し求める方向に行くと、社会はさらに不公平になり、社会危機が深刻さを増す。常人政治は、強勢群体の連合に逆らえず、といって彼らの望む発展の方向に行くこともできないという苦境に立っている。

 (6)ポストトウ小平はハイリスクの時代だ。強権政治と市場経済が並存しているため、チェック力を欠いた政治権力とひたすら利益を追求する市場経済が悪性の結合をし、中国社会に空前の腐敗を引き起こした。

 また政治エリートと経済エリートが結託、弱勢群体(労働者、農民などの非受益者層)の搾取を強め、弱勢群体の反抗を激化させた。強権政治の下、社会の各利益集団は、自己の意思を表現する合法的チャンネルがないため、社会の衝突はさらに激化する可能性がある。

 中国の改革は、簡単な分野から手をつけ難しい分野へ移っていくやり方をしたため、最も困難な改革が最後に残った。その結果、ポストトウ小平時代の改革は、トウ小平時代に比べ、リスクがより大きくなった。

 (7)中国がさらに世界にとけ込み、世界貿易機関(WTO)に加入して以来、中国の経済、政治、思想、文化と世界との関係が一層緊密になった。外国の思想はさらに力強く中国の歴史的なよどみを洗い流し、より多くの人類文明の成果が中国に流入した。その結果、中国が世界の潮流の侵食を容易に受けるようになったのは当然だ。

 経済発展に伴い中国経済の世界的な地位が向上し、中国は世界に対しより重い責任を担わねばならなくなった。経済大国として、国際関係の妥当な処理には、トウ小平時代とは異なる新しい理念と作法が必要になった。 

 ポストトウ小平時代は、94年にトウが健康上の理由で国政に口出ししなくなって始まったが、なお相当な期間続きそうだ。中国が「強権政治プラス市場経済」を脱し、「民主政治プラス市場経済」を実現したら、それがポストトウ小平時代終結のしるしになるだろう。そうなって初めて、中国は新しい時代に入る。(寄稿)

                   ◇

【プロフィル】楊継縄 よう・けいじょう

 1940年湖北省生まれ。清華大学卒業。新華社の元記者。1995年12月から2000年5月にかけて、自宅軟禁中の趙紫陽・共産党元総書記を3度単独インタビューし、貴重な証言を残した。04年に香港で出版した著書「中国改革年代的政治闘争」が話題となった。現在は月刊誌「炎黄春秋」の副社長を務めている。

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