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【トウ小平秘録】(153 最終回)第6部「先富論」の遺産

2008.2.22 03:02
このニュースのトピックストウ小平秘録
北京市内にある文化大革命をイメージしたレストラン。「文革賛美」がビジネスになっている=2007年10月(矢板明夫撮影)北京市内にある文化大革命をイメージしたレストラン。「文革賛美」がビジネスになっている=2007年10月(矢板明夫撮影)

 □中国的成功物語

 ■命の恩人だが神ではない

 1977年4月。北京飯店のテレビに服務員たちが群がり、体を小さく揺すっている。加山雄三の「海 その愛」をソフトロック調にした曲が流れていた。北京公演中の劇団「新制作座」の演奏に、中国人たちは新鮮な驚きを隠さなかった。

 文化大革命が終わって、まだ半年しかたっていなかった。人びとは衣食住とも貧しく、ほとんどのモノが配給制だった。穀物は「糧票(リヤンピアオ)」、木綿は「布票(プーピアオ)」がなければ買えず、食堂でも糧票が必要だった。自転車は半年分以上の工業券をためてやっと買えた。

 76年秋の毛沢東の死と四人組逮捕で、人々は精神的抑圧から解放されたものの文革路線はなお続いていた。特に文化・芸術面では文革期の「革命的作品」が幅を利かし、全国中が毛沢東賛歌の「東方紅」のメロディーで朝を迎えた。

 50年代半ばまではそんなことはなかった。職場や学校では米国のグレン・ミラー楽団などのレコードに乗って週末ダンスを楽しんだ、と聞く。京劇も伝統を守り、大衆の娯楽の中心だった。

 57年の反右派闘争以降、文革終結までの20年間、毛沢東の極左的政治路線の下で、あらゆる伝統文化は破壊され、外国文化はシャットアウトされた。人々は外部情報から隔離され、党の宣伝に操られた。

 「海 その愛」の楽譜が欲しいと、複数の知人から頼まれた。まだテレビを持つ家庭は少なかったが、少なくとも数百万の中国人がその演奏を聴き、何がしかのショックを受けたに違いない。

 音楽ほど同時に、かつ大勢の人の感性に訴える表現形態はない。それは電波に乗って国境を越えていく。新制作座の演奏は、青年層ら中国人の心に響き、外国文化への欲求をかき立てた最初のシーンだったと思う。

 その欲望を満たす物質的条件が大半の中国人にはなかった。本連載では、文革で失脚したトウ小平(しょうへい)氏が69年に下放した江西省の工場で、80人の従業員家庭のどこにもラジオがないと知ったときの失意を書いた。それが改革・開放への執念を生んだ、とも。

 今年の春節中、友人Aの家庭に招かれた。200平方メートルほどの部屋には、大型プラズマテレビなど電子製品が並ぶ。ほかにマンションを3戸所有、車もある。離婚して女手一つで育てた息子は米国に留学させた。

 50歳代のAは、文革中に農村に下放、辛酸をなめ尽くした。それでも希望を失わず、大学に推薦入学するチャンスをつかみ、改革・開放の波に乗って商売に成功、今日の豊かさを手にした。

 Aのようにチャンスを生かし、努力して成功した人は少なくない。下層階級の人たちでも毛沢東時代よりははるかに生活は良くなった。

 Aはトウ小平氏について「命の恩人」と呼びながら、「毛沢東と違って神ではない」と言った。現在の生活は自分で勝ち取ったものとの自負心がかいま見えた。

                  ◇

 ■当局は何を恐れているのか

 北京でたまに行くスナックがある。興に乗ると革命歌を歌う。毛沢東賛歌の「大海を行くには舵(かじ)取りがいる」などだ。20歳前後のホステスはけげんな表情をする。なぜ毛沢東が「紅い太陽」なのか理解できないらしい。

 中国のヒット曲の大半は愛情歌で、別れや孤独が主なテーマだ。日本や台湾のポップスもほとんど時差なしで入り、中国の若者をとらえる。革命歌をもっぱら流す店もあるが、政治的背景はなく、毛沢東を商売のタネにしているだけだ。

 ホステスのほとんどは地方の農村出身者だ。夜7時に出勤、宿舎に帰るのは午前3時ごろという。長時間労働の報酬は、月1500元(1元は約15円)前後。生活費を切りつめ実家に送金している女性が多い。出稼ぎ農民工と同じだ。

 それでも地方に比べれば格段の高収入だ。安徽省出身の19歳の女性は、地元の食堂で朝8時から翌午前1時まで皿洗いなどの下働きで月200元余だった。黒竜江省出身の21歳の女性は、地元病院で看護師をしていた時代の賃金は350元だったが、3カ月以上未払いだった、という。

 彼女たちの出身地の状況を聞く。ほとんどの共通点は党幹部の腐敗と金持ち階層の横暴への怒りだ。彼女たちの情報量は多い。その中には決して報道されない指導者のスキャンダルや暴動事件などの情報もある。

 情報入手の主な手段は携帯電話だ。彼女たちはそれを客の勧誘だけでなく、情報の交換と入手に利用、共通の認識を持つようになる。最近はパソコンを持つホステスも増えた。

 中国の携帯電話は既に6億台に近づき、ネットユーザーも2億人を突破した。貧しい農民の間でも携帯電話の普及が著しい。それもまた経済発展の成果である。

 本連載では何度か、専制政治の支柱はペンと鉄砲だと書いたが、こうした情報伝達手段の発達の結果、ペンの規制は無力化しつつある。

 それでも中国国内の中国語サイトで、検索できない項目が多数ある。「天安門事件」はその一つだが、本連載「トウ小平(しょうへい)秘録」も検索できなくなった。

 中国当局は何を恐れているのだろうか。

 トウ小平氏は20年前、実事求是(事実に基づき真理を追究する)に立ち、世界と中国の現実を直視、毛沢東信仰を破り、改革・開放を断行した。現実主義の徹底がトウ氏の改革路線の神髄だ。

 いま、トウ小平氏の時代には想像もできなかった変化が進む。トウ氏の定めた改革・開放と社会主義原則堅持の路線は、現実から乖離(かいり)し、多くの矛盾が噴出している。

 トウ小平路線は不可侵というタブーを打破し、現実に即した改革の実行こそ、トウ氏の遺産を生かす道と思われるのだが。(伊藤正)

                   ◇

 約1年にわたった「トウ小平秘録」シリーズはこれで終了します。明日から、中国の識者2人によるトウ小平論を掲載します。

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北京市内にある文化大革命をイメージしたレストラン。「文革賛美」がビジネスになっている=2007年10月(矢板明夫撮影)
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