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【トウ小平秘録】(152)第6部「先富論」の遺産 「炎黄春秋」論文

2008.2.21 03:39
このニュースのトピックストウ小平秘録
「黒猫も白猫もみな良い猫」「先富と後富なら私は先富だ」−トウ小平氏の言葉をもじって掲げた北京市内のレストラン(川越一撮影)「黒猫も白猫もみな良い猫」「先富と後富なら私は先富だ」−トウ小平氏の言葉をもじって掲げた北京市内のレストラン(川越一撮影)

 ■「社会民主党」ではどうか

 昨年2月、北京の月刊誌「炎黄春秋」に発表された論文が大きな話題を呼んだ。筆者は名門、中国人民大学元副学長の謝韜(しゃとう)氏で「民主社会主義モデルと中国の前途」と題し、民主社会主義へ移行、民主政治を実現してこそ「中国を救える」と主張した。

 謝氏は、改革・開放が生んだ諸矛盾を突いて、毛沢東路線への回帰を主張する新左派の主張に反駁(はんばく)、マルクス主義の本質は、生産力を解放し、人民に自由と豊かさをもたらすことだとトウ小平(しょうへい)路線を支持し、こう述べる。

 「マルクスは晩年、暴力革命を提唱した『共産党宣言』(1848年)の誤りを認め、(議会を通じて権力を握る)民主社会主義に変わった。(極左路線をとった)レーニン、スターリン、毛沢東こそ最大の修正主義者だった」

 謝氏がこの文章を書いたのは、国防大学の元研究員、辛子陵(しんしりょう)氏の「千秋功罪毛沢東」上下巻(書作坊出版)の草稿を出版(昨年7月)前に読み、刺激された結果だった。

 同書は、大躍進運動(58年)で3755万人が餓死、子供や死体を食した例などを暴露し、毛沢東時代の抑圧と貧困を詳述。空想主義に陥った毛沢東の極左主義を徹底的に批判した。

 辛氏はトウ小平氏の改革・開放を全面支持する一方、トウ氏が指導した81年の「歴史問題決議」に際し、反対意見があったにもかかわらず、毛沢東を功績7、過ち3と評価したため、改革・開放に反対する極左主義が残存したと指摘。

 その上で、中国共産党は「中国社会民主党」と改称し、欧州共産主義と同じく民主社会主義に転換、スウェーデン型の政治体制(議院内閣制)に移行すべきだと主張している。

 辛氏の著書刊行に先立ち、謝韜論文をめぐって大議論が起こった。新左派系のサイトは、論文を罵倒(ばとう)する文章や書き込みであふれ、毛沢東を修正主義者と侮辱した謝氏を党規約と憲法に違反しているとして逮捕、「炎黄春秋」は廃刊すべしとの意見も出た。

 それに対し、炎黄春秋は昨年3月号以降も、民主社会主義に関する文章を立て続けに掲載(ほとんどは謝論文支持)。またシンポジウムが3月から4月にかけて次々に開かれ、賛否両論がうず巻く大論争に発展していく。それまでの論争とは異質の広がりを見せた。

 ■呪縛を解かねばならない

 改革・開放をめぐる論争は、2004年に香港中文大学の郎咸平(ろうかんへい)教授が大手国有企業の国有資産の外資への売却などを批判、新左派が郎氏を支援し、市場経済派の主流派学者を攻撃してから始まった。

 当時は、三農(農業、農村、農民)問題はじめ所得格差、腐敗問題など矛盾が激化、土地収用をめぐる紛争や賃金未払いが主因の労働争議が各地で頻発し、胡錦濤(こきんとう)政権の発展継続策の破綻(はたん)は明白だった。そのため新左派が論争の主導権を握った。

 元国家体制改革委員会副主任の高尚全(こうしょうぜん)氏ら市場経済派は06年3月、北京西郊の西山で会議を開き、諸矛盾の解決策を討議する。政治改革と民主化が必要との認識で一致したが、その中で北京大学の賀衛方(がえいほう)教授が司法の独立、軍の国防軍化などを主張、再び党の指導を否定したとして新左派の集中砲火を浴びた。

 高尚全氏らの政治改革論は、一党独裁を前提とした改革案であり、翌07年に党中央編訳局の兪可平(ゆかへい)氏が「民主とはいいものだ」との文章で、民主主義を提唱したものの、それは党内民主を指していた。

 それに対し、謝韜(しゃとう)、辛子陵(しんしりょう)両氏は議会制民主主義を提唱、事実上一党独裁を否定していたから衝撃は大きかった。この年秋に第17回党大会を控え、政権側がどう反応するかが注目された。

 謝氏らへの反論は4月24日付「光明日報」が開始。党機関紙「人民日報」は5月10日、読者の質問に答える形で、「中国の特色のある社会主義」こそ唯一の道として民主社会主義論を批判したが、論争に区切りをつけたのは、胡錦濤総書記だった。

 胡氏は6月25日、中央党学校での演説で、初めて態度を表す。一党独裁を堅持し、経済建設を重点にしながら党内民主の促進などの改革を進めるという趣旨で、党大会の活動報告の基調にもなった。

 謝韜氏らはこの後、胡氏に「(社会主義の)旗を降ろし、民主社会主義の道を行ってはどうか」と伝えたのに対し、胡氏は「私は古い旗を掲げ、古い道を行く」と答えたという(黄達公(こうたつこう)編「大論戦」香港・天地図書)。

 本連載第6部の2回目で書いたように、広東省の汪洋(おうよう)書記は昨年末以来、思想解放を強調、深センを「政治特区」にして政治改革の実験をする構想を進めている。実験の正体は不明だが、こうした構想が出ること自体、政治改革が不可欠との認識が政権内部に強まっている表れだ。

 元党中央農村政策研究室の杜潤生(とじゅんせい)氏は「炎黄春秋」誌07年6月号で、トウ小平氏が87年にこう語ったと書いている。

 「国民経済が発展し人民の生活水準が向上して人民が満足するなら、どんな主義でも構わない」

 問題はあるにせよ、中国は資本主義化によって経済発展を遂げ、国民の生活水準も確実に向上した。しかし国民は、党権力と富裕階級が手を結び利益を共有する「権貴政治」への疑問、不満を募らせ、社会は不安定化している。

 国民の意思が反映する政治体制の確立を胡錦濤政権は迫られている。謝韜氏らは民主社会主義の要は「民主」にありとし、「党主」の放棄を求めるが、それにはトウ小平氏の「四つの基本原則」の呪縛(じゅばく)を解かねばならない。トウ氏の「遺産」は、なお大きく重い。(伊藤正)

                   ◇

【用語解説】「炎黄春秋」誌

 北京の独立系月刊誌で、1991年創刊。発行部数は約7万部。近現代史の回顧物が有名だが、最近は改革を促す評論で注目を集める。開明派の田紀雲元副首相、李鋭元中央組織部副部長らも常連寄稿者。社長は89年の天安門事件で解任されるまで中国新聞出版署長を務めた杜導正氏。「中国改革年代的政治闘争」の著者、楊継縄氏は副社長。

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