ニュース: 国際 RSS feed
【トウ小平秘録】(141)第6部「先富論」の遺産 革命根拠地の皮肉
■英霊たちが泣いている
北京から南西へ500キロ余り、河北、山西両省にまたがる太行山脈山中の山西省側にある左権県は、革命ゆかりの地として知られる。日中戦争中は八路軍(人民解放軍の前身)の前線司令部があり、1942年にこの地で戦死した八路軍副参謀長の左権(さけん)将軍が地名の由来だ。
八路軍の主力部隊129師団の政治委員だったトウ小平(しょうへい)氏は、38年から43年まで約5年間、ここで暮らし、抗日ゲリラ戦の指揮を執った。
県政府のある県城から車で山道を南へ1時間ほど走ると、前線司令部の跡地に行き着く。古びた2階建てなどが幾つか並び、その一つの入り口に「八路軍総部記念館」の看板が掛かっていた。その隣が「トウ小平故居」だった。
故居の門をくぐると、大きな横看板が目に入った。広東省深センなどで見られるのと同じ、トウ小平氏の肖像とともに、トウ氏が晩年によく使った「発展は硬い(絶対的な)道理」という言葉が書かれていた。
左権県は、経済発展から取り残され、国家級貧困県と認定されている。人口約16万の8割を占める農民の1人当たり年収は2000元(約3万円)足らずだ(2006年)。旧日本軍を悩ましたゲリラ戦の拠点になった深い山間部にあり、トウモロコシなどの作物収入は知れたものだ。
しかしここ数年、地元政府はあの手この手で経済発展に本腰を入れだした。革命根拠地の知名度を生かした「紅色旅遊」と呼ばれる観光開発もその一つで、トウ小平故居などの記念館も03年に全面改修された。ところが、この開発に対して地元農民から異議がわき起こる。
住民らの話によると、県政府は、開発業者と手を組み、この記念館周辺に八路軍指導者の群像、抗日戦争史の大型レリーフ、兵器の展示館などを建設、観光名所にする計画を立てた。10年には年間40万人の観光客を呼び、1億元(約15億円)の収入を当て込む。
政府はその敷地として農地約23畝(ムー)(約1万5000平方メートル)を半強制的に収用。収用価格は1畝(約670平方メートル)5000元(約7万5000円)と格安で、しかも5年分割払いの条件だった。
これには農民たちが猛反発、農地の返還を求めて山西省など上級政府に陳情を繰り返し、インターネットで温家宝(おんかほう)首相あての公開書簡を発表した。自分たちの権益が不法に侵されたとし、「正義を守る政府を切望している」と訴えた。
この公開状が全国の反響を呼んだ。「中国革命をはぐくんだ地域の農民の権益が侵されてよいのか」「子孫が二度と悪政と搾取を受けないために命を投げ捨てた英霊たちが泣いている」といった書き込みがネットにあふれた。
左権県史によると、戦争時代に同県の若い男のほとんどが共産党軍に参加し、当時の総人口の約7分の1に当たる約1万人が戦死したという。
◇
■地主が戻ってきた!
山西省左権県の観光開発に対しては、地元出身の著名作家、劉紅慶(りゅうこうけい)氏がブログで県政府のやり方を批判して農民の活動を支持した。左権将軍の長女、左太北(さたいほく)氏(67)も「革命の先達たちを利用して金もうけしないでください」との声明を新聞「山西商報」などに発表した。
各方面の強い反対で、工事は中断したが、地元政府は「延期」とし、計画は変更しない考えだ。県共産党委宣伝部の巨衛華(きょえいか)副部長は地元メディアに「観光地開発は、住民に豊かになってもらうためだ。八路軍も望んだはずだ」と話している。
同県が2005年ごろから始めた「荘園経済」への反響はさらに大きかった。農地や山を丸ごと投資家に賃貸し、農民を雇って果実栽培などをする。「地主が戻ってきた」と批判が起こった。
地元出身の炭鉱オーナーが515万元(約7700万円)を投資した程家溝荘園が代表的だ。1万畝(ムー)(約6・7平方キロ)余の農地にアンズ2万株、クルミ4万株が植え終わり、今後も拡大、10年後には年1500万元(約2億2500万円)の収益を見込む。
県政府は「財政にも雇用創出にも貢献できる」と荘園経済を宣伝し、10年までに荘園数を07年の約8倍の300にする目標を掲げている。
「貧富の格差を拡大させる」「地主が農民から搾取した旧社会とどこが違うのか」などの批判について、同県の幹部は産経新聞の質問にこう答えた。
「改革開放とは、すべてのタブーに挑戦し、発展することだ」
それは、まさにトウ小平(しょうへい)氏が唱え、江沢民(こうたくみん)総書記が受け継ぎ発展させた経済発展至上主義にほかならない。
左権県はこのほかにも、公有企業の経営を私企業に委ねたり、農民の集団出稼ぎを組織したりし、経済は数年来2ケタ成長を続ける。
しかし、人びとは何かおかしいと感じ始めている。農民の土地を収用したり、資本家に賃貸したりしてだれが利益を得るのかという疑問だ。それは少なくとも社会主義の理想とは遠い、と。
こうした現象は中国全土に広がり、それに対する抵抗も各地で頻発する。トウ小平氏が生前懸念した以上に、両極分化や官僚の腐敗が深刻化し、共産党への不信は高まる一方だ。
トウ小平氏が予測できなかったのは、インターネットが農民にまで普及し、党による情報統制が無力化した時代の到来だったろう。
トウ氏が堅持を命じた一党独裁は、経済発展によって危機に直面しつつある。(伊藤正、矢板明夫)



