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【トウ小平秘録】(136)第6部「先富論」の遺産 軟禁15年余の元総書記

2008.2.1 03:11
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 ■政権は呪縛の中にいる

 趙紫陽(ちょうしよう)元総書記が死去して3年。1月17日の命日には今年も、北京の繁華街「王府井」の横丁にある住居には弔問客が引きもきらなかった。同僚記者によると、今年は警備当局の干渉はなく、名前の登録もなしに住居内に入り、弔問できたという。

 趙紫陽氏は1989年6月の(第二次)天安門事件で、反革命動乱(学生らのデモ)を支持し、党を分裂させたなどの理由で、総書記を解任(後任は江沢民(こうたくみん)氏)され、自宅軟禁されたまま85年の生涯を終えた。15年を超える軟禁に法的根拠はなく、憲法無視、人権侵害との批判が内外で尽きなかった。

 趙氏解任を決めた89年6月24日の党中央委員会総会(13期4中総会)では、「趙紫陽問題の審査はさらに継続する」とコミュニケに明記された。党除名の追加処分や、刑事責任さえ問う可能性を示したものだ。

 審査が92年10月の第14回党大会前に終了したことは、趙紫陽氏が宗鳳鳴(そうほうめい)氏に明らかにしている。宗氏は趙氏と同郷(河南省)の古い友人で、91年以来、趙氏宅を頻繁に訪れ、昨年、趙氏との対話集「趙紫陽軟禁中的談話」を香港で出版した。

 それによると、趙紫陽氏は92年10月11日、訪れた宗氏に「(政治局常務委員の)喬石(きょうせき)、宋平(そうへい)らが2日前、党中央代表としてやってきて審査終了を告げた」と話した。4中総会の決定は不変だが、行動の自由を徐々に回復する、という内容だ。喬石氏は「当面、党大会期間中は外出せず、記者には会わないように。これは安定維持のため、トウ小平(しょうへい)同志と常務委員会が決めたことだ」と述べた。

 趙紫陽氏は「3年以上も軟禁され、ゴルフもできない。党大会中外出しないことには同意するが、記者が訪ねてきたらとめられない」と応じた上で、審査結果の公表を要求した。

 しかし党大会後も行動の自由はなく、審査結果も公表されないままだった。「これは江沢民の考えであり、彼は(趙氏の)身の安全を守るためだ、と話したという」と宗鳳鳴氏は後に得た情報を書いている。

 当時は、趙紫陽氏を自由にできない事情があった。学生デモの鎮圧と趙氏の解任を決定したトウ小平氏はじめ、長老の多くが健在だったし、何よりも江沢民総書記を中心に党中央が結束し、社会の安定を図る必要があった。

 しかし長老たちが次々に物故し、経済発展をバックに社会が安定した後も、趙紫陽氏の軟禁は解かれなかった。趙氏に敵意を持っていた江沢民氏と違い、法治主義を唱え、人権擁護、民主主義を掲げる胡錦濤(こきんとう)政権になっても変わらなかった。

 処分変更は趙紫陽氏の名誉回復、そして天安門事件の再評価につながり、トウ小平氏の権威を傷つけると考えられてきたからだ。胡錦濤政権は、トウ小平氏の「負の遺産」の呪縛(じゅばく)の中にいる。(中国総局長 伊藤正)

 ■「亡霊が出てきたんだよ」

 胡錦濤(こきんとう)政権が、天安門事件の見直しに着手したとうかがわせる動きを見せたのは2004年だった。胡総書記は、その年2月の春節に胡耀邦(こようほう)元総書記宅にあいさつに行き、李昭(りしょう)夫人ら遺族に胡耀邦氏の生誕90周年を盛大に祝い、名誉回復すると約束した。

 開明的な改革主義者の胡耀邦氏は、共産主義青年団時代の胡錦濤氏が尊敬するボスだった。1987年の失脚後も胡耀邦氏の人気は高く、89年4月に急死した後、学生の追悼デモが起こり、(第二次)天安門事件の引き金になったことは第1部で書いた。

 その胡耀邦氏の名誉回復は、当時の学生デモと天安門事件の再評価につながる可能性があった。胡耀邦氏に近い関係者によると、それに対し江沢民(こうたくみん)前総書記が厳しく批判したという。

 胡耀邦生誕90周年記念大会は、記念座談会に変更され、規模を大幅縮小して同年11月に人民大会堂で開かれたが、87年の解任事件についての名誉回復はなされなかった。この座談会に胡錦濤氏は出席さえしなかった。

 座談会を主宰したのは、曽慶紅(そうけいこう)政治局常務委員(当時)だった。江沢民氏の腹心だった曽氏はこの年9月の党中央委員会総会(16期4中総会)で、江氏の中央軍事委主席続投を支持せず、距離を置き始めていた。

 曽氏は翌05年1月17日早朝、大胆な行動に出る。すでに昏睡(こんすい)状態にあった趙紫陽氏の入院先、北京病院に見舞いに訪れたのだ。趙氏はその約2時間後死去した。

 この後、中南米歴訪に出発した曽慶紅氏は、キューバで香港の記者に、「実事求是の精神で、歴史を見直さねばならない」と語っている。

 内外注視の中、趙紫陽氏の葬儀は、驚くべきことに、党中央主催の形で、革命烈士が眠る北京郊外の八宝山革命公墓で行われ、賈慶林(かけいりん)政治局常務委員らが参列した。これは胡錦濤政権内の合意なしにはあり得ない。

 そのころから、胡錦濤、曽慶紅両氏の緊密さが目立ちだした。胡氏に近いある学者は「世間では胡温(家宝)体制といってるが、実際は胡曽体制だ」と話した。

 しかし昨年10月の第17回党大会では曽慶紅氏は引退に追い込まれ、胡曽体制は崩れた。中国筋はこう言って苦笑した。

 「トウ小平の亡霊が出てきたんだよ」(伊藤正)

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【用語解説】実事求是

 事実に基づいて真理を追究すること。中国二十四史の一つで、約2000年前に著された「漢書」が出典だが、毛沢東が1941年に唯物弁証法の基本として唱えて以来、現代政治用語になった。トウ小平氏は、この言葉を毛沢東の功罪を客観的事実で見直し、毛沢東信仰を打破する武器にした。文革で失脚した劉少奇元国家主席らの名誉を回復したのも実事求是の精神で文革を見直した結果だった。事実の解釈権を握る権力の道具ともいえる。

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