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【トウ小平秘録】(134)第6部「先富論」の遺産 トウ楠発言の波紋

2008.1.30 03:51
このニュースのトピックスなんでもNo.1
昨年10月、北京の人民大会堂で開かれた中国共産党第17回大会で、江沢民全総書記(右)と握手する胡錦濤総書記=ロイター昨年10月、北京の人民大会堂で開かれた中国共産党第17回大会で、江沢民全総書記(右)と握手する胡錦濤総書記=ロイター

 ■「党規約 父の名を消して」

 昨年2月にスタートした連載「トウ小平秘録」は、この第6部が最終章になる。ここまでの5部計133回で、トウ小平(とう・しょうへい)氏の「中華再興」への歩みを描いてきたが、第6部では、トウ氏が中国に何を残したのかを検証し、政治改革などの新しい動きを報告する。

 昨年10月、5年ぶりに開かれた中国共産党第17回大会。2期目に入った胡錦濤(こ・きんとう)総書記は冒頭の中央委員会報告で、経済発展を誇示しながら、持続的成長と調和の取れた社会実現のために、「科学的発展観」を党の方針に掲げた。科学的発展観は党規約に明記された。

 この報告について討議する分科会で、ある代表の発言が波紋を呼んだ。発言者は、トウ小平氏の二女で科学技術協会副主席の要職にあるトウ楠(とうなん)氏だ。中国筋によると、こんな趣旨だった。

 「党規約から父、トウ小平の名を削除してほしい。規約は『毛沢東思想』だけで十分と思う」

 党の基本法である規約前文に、「トウ小平」の名が書き込まれたのは、1997年9月の第15回党大会だ。「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」だけだった行動指針に、「トウ小平理論」が追加され、改革・開放が始まった78年以来のトウ氏の功績をたたえる記述が加えられた。

 その削除を要求する理由に、トウ楠氏は、トウ小平氏が個人崇拝に徹底反対してきたことを挙げた。トウ氏は生前、自分の肖像を立てたり、記念館を建設したりすることを許さず、97年2月に死去した後、遺骨は海中に投じられた。「唯物主義を貫いた」故人の遺志による。

 トウ楠発言は分科会で絶大な拍手を浴び、発言を伝え聞いた他の代表に大きな反響を呼び起こしたという。トウ楠氏は大会で中央委員に初当選した。

 トウ楠発言の真意をめぐって、憶測、解釈が飛び交ったが、「ほとんどの人は、江沢民(こう・たくみん)前総書記への批判と受け止めた」と中国筋は言う。改革・開放を「トウ小平理論」と定義、党規約へ明記したのは江氏だったからだ。

 2002年の第16回大会では、前文の「行動指針」に、江沢民氏が提唱した「三つの代表」重要思想が追加され、江氏を称賛する記述も盛り込まれた。

 17回大会での規約改正では、科学的発展観が「わが国経済社会発展の重要な指導方針、重要な戦略思想」と前文に記されたが、「行動指針」にはならず、胡錦濤氏の名も書き込まれなかった。5年後の次の大会では第4の行動指針に追加されるかもしれないが。

 既に完全引退し、一党員になった江沢民氏は今17回大会で、胡錦濤氏の隣に座り、健在を誇示した。トウ氏が引退後の14回大会に出席すらしなかったのと対照的だった。

 胡錦濤氏の報告は、トウ小平理論を発展させた江沢民氏の功績を絶賛した。今日の繁栄が江沢民時代の諸政策によってもたらされたことは疑いない。ただ同時に、さまざまな矛盾を生み、国民の党不信に拍車をかけた。

 トウ楠氏の発言は、こうした現状への批判であり、それが大会代表の喝采(かっさい)を浴びた理由でもあった、と中国筋は話した。

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 ■「北京はすっかり変わった」

 1993年10月末、トウ小平(しょうへい)氏は車で北京市内を参観した。完成して間もない北京空港高速道路などを見た後、「北京はすっかり変わった。見分けがつかない」と漏らした(「トウ小平年譜」)。

 トウ氏が高層ビルが立ち並ぶ今日の北京を見たら仰天するに違いない。北京だけではない。上海はいうまでもなく、中国の多くの都市は、変貌(へんぼう)を遂げた。それらは、世界一の外貨準備高を有し、世界第4の経済大国にのし上がった経済発展の象徴にほかならない。

 本企画第2部「南巡講話」では、トウ小平氏が92年初めの南方視察で、改革・開放加速の号令をかけ、市場経済化を一気に進めて急成長時代に入ったことを書いた。その講話では、一部の地域、個人が先に豊かになるのを奨励する「先富論」を改めて強調している。

 先富論は、平均主義の弊害を打破し、個人のやる気を引き出すトウ氏の持論で、先に豊かになった地域が後進地域を支援、引っ張り「共同富裕」を達成する手段とされた。90年4月、トウ氏はタイの企業家にこう話した。

 「社会主義だけが両極分化を避け、共同富裕を実現できる。例えば1000万人が豊かになり10億人が貧しければ安定しない。51%が豊かになっても49%が貧しくてはだめだ。社会主義の意味は共同富裕なのだ」

 しかし92年10月の第14回党大会で江沢民(こう・たくみん)総書記(当時)が「社会主義市場経済」を打ち出し、市場経済化で高成長が軌道に乗った後、格差は拡大の一途をたどり、官僚の腐敗、農村の疲弊、環境破壊などさまざまな問題が深刻化している。

 そうした矛盾を抱えながら中国は国際社会の重要なプレーヤーになり、この夏には北京五輪を迎える。トウ小平氏の中華振興の夢は実現したといってよいが、共同富裕の目標は遠のく一方だ。

 その結果、社会には強い不公平感が広がり、毛沢東路線を崇拝する左派の主張が、毛時代の悲惨さを知らない若者世代の支持を受け、ネット言論の主流になってさえいる。改革派識者の間でも改革・開放の見直し論が盛んだ。その焦点は政治改革だ。

 胡錦濤(こ・きんとう)政権はいま政治改革に取り組みだしたかにみえる。その兆候は中国南部の広東省から浮上した。(中国総局長 伊藤正)

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【用語解説】「三つの代表」思想

 (1)先進的社会生産力の要請(2)先進的文化の発展(3)広範な人民の根本的利益−を共産党が代表するという思想。江沢民総書記が2000年に発表、02年の第16回党大会で正式に採択された。1990年代後半、私有経済が急速に発展する中で、私営企業家の入党を認め、共産党が経済社会発展の主導権を握るのが狙いとされた。これは資本家を公認したに等しく、党大会で私有財産も認める方向を示した結果、経済成長を加速させた。

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【プロフィル】

 トウ小平氏(1904・8・22〜1997・2・19) 四川省生まれ。生涯で3度も失脚を経験したが、そのたびに復活。78年以降は最高実力者。

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昨年10月、北京の人民大会堂で開かれた中国共産党第17回大会で、江沢民全総書記(右)と握手する胡錦濤総書記=ロイター

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