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【トウ小平秘録】(130)第5部 最高実力者 精神汚染の一掃

2007.12.13 03:27
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 ■号令の後、変心する

 ミニスカート、ジーンズ、パーマ、ロングヘアが消え、テレサ・テンの甘い歌声も聞こえなくなった。ディスコは閉鎖され、野外ダンスも禁止。多くの小説や外国雑誌が書店の棚から撤去…。

 1983年秋、北京など都市部で、精神汚染一掃と呼ばれる大衆運動が起こった。ブルジョア的な思想、文化、風俗などを取り締まり、社会主義の精神文明を確立するという、文革初期の「四旧打破」(古い思想、古い文化など4つの破壊)運動が戻ってきたかのようだ。その背景には保革の激しい思想闘争があった。

 発端は同年3月7日、中央党学校で開かれたマルクス没後百周年記念集会で周揚(しゅうよう)中国文学芸術連合会主席が行った疎外問題と人道主義についての講演。資本主義の体制矛盾である疎外は、社会主義にも存在するとし、法制や民主主義の確立を訴える内容だった。

 講演が終わると、拍手が鳴りやまなかった。党学校の王震(おうしん)校長や●力群(とうりきぐん)中央宣伝部長も「すばらしかった」と称賛したが、●力群氏から報告を受けた宣伝・思想担当の胡喬木(こきょうぼく)政治局員は「政治的誤りがある」と述べ、胡氏の指示で周氏への批判が始まる。

 周揚氏の講演原稿は、疎外論の権威で、人民日報副総編集長の王若水(おうじゃくすい)氏らの協力で作成され、胡耀邦(こようほう)総書記の批准を得ていた。人民日報は3月16日、講演内容を大々的に報道、宣伝・文化界の大論争に発展する。

 保守派の胡喬木、●力群両氏らは、疎外論や人道主義は西側のブルジョア自由化思想であり、資本主義を美化、社会主義への信念を失わせると主張した。しかし文革後、知識人の間では、疎外論が急速に広がり、民主化や政治改革要求へとつながっていった。

 例えば、人民日報社長の胡績偉(こせきい)社長は79年以来、「人民性か党性か」と提起、本来、人民の公僕であるはずの党が特権化、人民を支配してきたことを批判し続けた。それは人民日報が四人組時代、人民を抑圧する宣伝の手先になったことへの反省に立つ。

 文革の傷跡をテーマにした「傷痕文学」や現実社会の矛盾を描く「暴露文学」の流行は、中国社会主義の「疎外」の表現でもあった。さらに改革・開放は、所得格差拡大や経済犯罪の激増など新たな矛盾を生んでいた。

 胡喬木、●力群両氏は、周揚、胡績偉、王若水氏らへの名指し攻撃を続け、文学作品を次々にやり玉に挙げたが、それは胡耀邦総書記やそのブレーンたちへの批判を含んでいた(以上は、楊継縄(ようけいじょう)著「中国改革年代的政治闘争」、胡績偉著「従華国鋒下台到胡耀邦下台」[華国鋒失脚から胡耀邦失脚まで]などによる)。

 この時期、トウ小平(しょうへい)氏は胡喬木氏らとしばしば会い報告を聞く。「トウ小平年譜」によると、9月7日、●力群氏らに疎外問題と人道主義に初めて言及、「疎外とは何か」と問い、こう話した。

 「マルクス主義の疎外論は反マルクス主義に向かうのではないか。いま社会主義の疎外を語ることは、社会主義への信念と希望を失わせる」

 この後、トウ氏は周揚氏から届けられた疎外論の資料を読んだ後、「全部資本主義社会のことじゃないか。社会主義に疎外があるというなら、どうやって共産主義に到達できるか」と述べている。

 10月12日、党中央委総会(12期2中総会)での演説でトウ氏は思想分野での「精神汚染」を指摘、こう断じる。

 「精神汚染の実質は、ブルジョア階級とその他の搾取階級の腐った思想を広め、社会主義事業と党の指導への不信情緒を散布することにある。一部の同志は、人道主義や疎外問題に熱中しているが、彼らの興味は社会主義の批判にあり、四つの基本原則への疑いを堅持している」

 その結果、精神汚染一掃運動が口火を切る。トウ氏は文革中のような残酷な方法はとるなと言ったが、運動が始まるとそうはいかないのが常だ。運動は文化界や報道界に及び、胡績偉氏は自ら辞職、王若水氏は解職された。周揚氏も自己批判に追い込まれる。

 国民の生活や娯楽に波及しただけではない。「万元戸」と呼ばれる富裕農民が話題になりだした農村にまで及んだ。これに猛反発したのが、趙紫陽(ちょうしよう)首相や万里(ばんり)中央書記らだった。その点は経済閣僚や科学界の指導者らも同様だった。

 11月下旬、胡耀邦、趙紫陽両氏はトウ氏に、運動の拡大化は改革・開放に不利と主張すると、トウ氏も同意せざるを得なくなる。運動は12月に入ると、急激にしぼみ、やがて消滅した。

 文化・言論界のさまざまな議論も、青年たちの新しい風俗や娯楽も、改革・開放のおかげだった。それが、社会主義を脅かすと感じたとき、トウ小平氏は毛沢東が文革を発動したように、極左派にくみし運動を組織した。

 しかしその影響が経済分野に及ぶと知ると、トウ氏はすぐに変心した。年明け早々、トウ氏は南方視察に出かけ、再び改革・開放へ大前進を図る。(伊藤正)

 ●=登におおざと

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【用語解説】疎外問題

 中国語は「異化」。生産活動が資本家を富ませ労働者を貧困化させるといった、人間の営みが本来の目的と対立する結果になる資本主義システムを批判するマルクスの初期理論。中国では1980年に王若水氏が個人崇拝、官僚主義、幹部の特権などを社会主義の疎外として論じた。その後、思想解放運動の中で、疎外論や人道主義が流行、文化、芸術に大きな影響を与えたが、一党独裁を否定する理論として保守派との論争が続いた。

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