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【記者ブログ】反右派闘争から半世紀、中国式民主を考える(1) 福島香織 (1/5ページ)

2007.11.26 00:09
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嵐を生きた中国知識人嵐を生きた中国知識人

■中国は一党独裁の正当性を主張する初の「政党白書」をこのほど発表した。これをみていると、半世紀あまりのあいだ、中国のいっていることは、ほとんど何もかわっていない気がする。しかし、中国をとりまく国際環境、そして国内の経済、人心、価値観、情報量などは天地がひっくりかえるほど激変した。共産党の主張だけ変わっていないってどうよ!!とさけびつつ、これから中国式民主についてちょっと考察してきたい。やや理屈っぽい原稿になりそうなので、途中で寝たいひとは寝ていいですよ〜。

■反右派闘争ってなに?

共産党の独裁はいかにはじまったか。

知りたい人は、

「嵐を生きた中国知識人 “右派”章伯鈞をめぐる人々」

を読んで!

■ちょうど今から半世紀前に、中国では反右派闘争と呼ばれる政治運動があった。思えば、中国共産党の独裁と、その政治よる中国の厄災はこのとき決定づけられたと思う。だから今、中国が直面する様々な問題を考えるとき、振り返り、研究すべきは、やはり反右派闘争なのだと思う。ただ残念なことに、文化大革命や天安門事件ほど、日本人の関心をひいていない。そこで、おすすめしたい良書が、最近、日本で出版された。

■原題は「往事並不如煙(往事は幻ならず)」(大陸版)「最後の貴族」(香港完全版)。作者は、反右派闘争で失脚し、死後の今も名誉を回復されていない章伯鈞氏の末娘、章詒和さん。翻訳者は元NHK香港特派員で熊本学園大学東アジア学科の横澤泰夫教授。中国書店刊で3800円(税抜き)。

■まずこの本の宣伝をさせてください。章詒和さんは、以前このブログでも取り上げたが、私が北京でお会いした女性知識人の中では、最も印象深い人のひとりだ。1942年、重慶生まれ。彼女の父、章伯鈞氏(1885〜1969)は民主諸党派のひとつ、民主同盟の第一副主席。事実上の民主諸党派トップだ。交通相まで務めた政治家で、民主同盟機関紙・光明日報の社長として、報道の自由も志した。しかし、1957年に起きた反右派闘争で、“筆頭右派“としてもっとも激しく攻撃され、死後の今もその名誉は回復されていない。詒和さんは、中国戯曲学院を63年に卒業したあと四川省川劇団芸術室に配属されたが、伯鈞の娘であるゆえ、文化大革命中の69年に反革命罪(懲役20年)で投獄される。出獄したのは文革終了後の78年。その後、中国芸術研究院の研究者となった。

■過去についてほとんど語ることのなかった詒和さんだったが、還暦を迎えて回顧録を発表しはじめた。この回顧録について、詒和さんはこう述べている。「1957年以降の私は、同窓の友との友情もなく、社会的な交際もなく、精神的な楽しみもなく、異性との愛情の日々もなかった。それ以降は孤立させられ、拘束され、叩かれ、刑罰をくだされ、父を喪い、母を喪い、夫を喪い…。数十年間、私はただ心に向かって生活を探しもとめた。心の生活とは何か。それは回想である」「還暦の齢をむかえて、ひとりぼっちでこの世界に向き合っていて、私はついにこの世を生き抜くすべを見いだした。それは書くということである…」

■激動の時代に翻弄され、孤独と喪失感の中で長い時間、ひっそりと続けてきた回想をまとめた最初の著書が「往事並不如煙」(人民文学出版社刊、2003年12月)だ。しかし、反右派闘争に関する研究、批判が未だタブーの中国で、原稿の10パーセント以上に当たる2万字の削除という自主規制を余儀なくされた。しかも、その出版後2ヶ月で、再版禁止という事実上の禁書処分となった。この書が世にでるのを手伝った雑誌編集者、丁東氏はいまだ当局の厳しい圧力、監視をうけている。しかし、そのわずか2ヶ月でこの本は30万部売れるほど大ヒットした。その後も海賊版をいれると200万部以上売れたと推計されている。2004年に削除部分を補った完全版が香港から出版され、華人社会で同書の評価は不動のものとなった。

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