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【トウ小平秘録】(102)第4部 第2の革命 政治芸術 (1/3ページ)

2007.9.28 08:54
このニュースのトピックストウ小平秘録

 ■毛の言葉で毛路線に反対する

 トウ小平(しょうへい)氏の公式日誌である「トウ小平年譜」(中央文献出版社)には、トウ氏が1977年7月に復活を遂げた後、主として文革(文化大革命)期(1966〜76年)に迫害された幹部やその遺家族らから名誉回復の陳情が相次いだことが記されている。

 8月10日の項には2件の陳情が記載され、そのうち1件は、文革で迫害され69年に悲惨な死を遂げた劉少奇(りゅうしょうき)国家主席(肩書は当時、以下同)の子供たちからだった。

 「母、王光美(おうこうび)に対する隔離審査を終結させ、私たち家族と一緒に暮らすのをご許可ください」

 王光美氏は67年に夫の劉氏と同時に身柄を拘束され、夫や子供たちと切り離されて投獄されていた。彼女も子供たちも、劉氏の死を知ったのは80年になってからだ。

 劉氏は68年に裏切り者などの罪状で党から永久除名処分を受けた。トウ氏は文革前、劉氏とコンビを組んで経済建設を進め、文革初期に「実権派ナンバー2」と批判され失脚したが、除名は免れていた。

 トウ氏復活を知った劉氏の子供たちは、劉氏本人は無理でも、「劉少奇の妻」という以上の罪名のないまま10年間も拘束されている母親の釈放は可能と踏み、トウ氏の尽力に期待したのだった。

 トウ氏は深く同情したに違いない。「適切に処理を」と注を付け、陳情書を汪東興(おうとうこう)中央弁公庁主任に回した。毛沢東の指示、決定をすべて正しいとする「二つのすべて」のリーダーの汪氏が取った「適切な処理」は「無視」だった。

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