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【トウ小平秘録】(98)第4部 第2の革命 2通目の手紙 (1/4ページ)
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■華国鋒主席を追い詰める
北京市民による周恩来(しゅうおんらい)首相追悼活動が弾圧された第一次天安門事件(1976年4月5日)から1年がたっていた。事件の再評価と、事件で失脚したトウ小平氏の復職を求める声は高まる一方だったが、華国鋒(かこくほう)党主席(肩書は当時、以下同)は容易に受け入れようとしなかった。
毛沢東の指示でトウ小平氏の公職解任と華国鋒氏の第1副主席就任を党中央が決議して1年後の77年4月7日、党中央は毛沢東選集第5巻(15日発売開始)の学習を全国で行う決定をした。
その3日後の4月10日、トウ氏は決心し、華国鋒党主席、葉剣英(ようけんえい)党副主席あての手紙を送る。
手紙でトウ氏は、3月の中央工作会議で華主席が天安門事件当時の周首相追悼活動を「情理に合う」とし、トウ氏を「適当な時期に」復職させる方針を示したことに感謝したうえで「いつどのような職に復帰するかは、党中央の指示に従う」と述べた。しかし核心は次の部分にあった。
「われわれは子々孫々、正確で完全な毛沢東思想を用いて、わが党、軍、全国人民を指導しなければならない」
「正確で完全な毛沢東思想」とは何か。トウ氏は、同年7月の中央委員会総会(10期3中総会)で復活を遂げるが、その閉幕演説でこう述べている。