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【トウ小平秘録】(71)第3部「文化大革命」 抜擢と転落 (1/3ページ)

2007.7.5 07:36
このニュースのトピックストウ小平秘録
陶鋳氏陶鋳氏

 プロレタリア文化大革命が全国規模で始まったのは、1966年8月の中国共産党8期中央委員会第11回総会(11中総会)で、党内の資本主義の道を歩む実権派(走資派)打倒を目指すとの「決定」(16条)からだった。

 16条では、大字報(壁新聞)、大弁論で大衆運動を進め、乱を恐れず−などと規定された。毛沢東は8月18日を皮切りに11月末までに8回、天安門楼上から紅衛兵を観閲して運動をあおり、「天下大乱」を演出した。

 前回書いたように、11中総会では、序列2位の劉少奇(りゅうしようき)国家主席が8位に転落、林彪(りんぴょう)国防相が「後継者」の地位(2位)を得たほか、文革執行機関の中央文革小組から3人が、トップ11人で構成する政治局常務委入りし、文革指導体制が強化された。

 その中で注目されたのは、5月に中央宣伝部長になったばかりの陶鋳(とうちゅう)氏が中央委員から序列4位に大躍進したことと、劉少奇路線推進の中心だったトウ小平(とうしょうへい)総書記の序列が一つ上がって6位になったことだった。

 当時、文革小組のメンバーで毛沢東の側近でもあった王力(おうりき)氏は、遺稿集「王力回憶録」(香港北星出版社)で、複雑な内情を明かしている。

 それによると、毛沢東の当初案では、トウ小平氏は毛沢東、林彪、周恩来(しゅうおんらい)首相に次ぐ4位、陶鋳氏は11位だった。トウ氏を4位にしたのは、中央委員による常務委員選で満票を得たためという。

 ところが江青(こうせい)・毛沢東夫人が、「過ちを犯したトウ小平の地位上昇はおかしい」と異議を唱え、彼女が序列をつくることになった。江青は文革小組の陳伯達(ちんはくたつ)組長をトウ氏より上の5位にし、陶鋳をさらに上位にした。その理由を江青はこう話したという。

 「お人よしの陳伯達では、トウ小平を抑えきれない。陶鋳は気性が激しいので、上にしたのよ」

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陶鋳氏
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