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【トウ小平秘録】(54)第2部「南巡講話」 形式主義批判
北京から2441キロにおよぶ列車での移動であった。1992年1月19日朝。広東省の経済特区、深センに着いたトウ小平(しょうへい)氏は、休息を取らずにマイクロバスで市内視察に出発した。
トウ氏が深センを訪れたのは84年以来、8年ぶりだった。前回も深センの急成長ぶりに驚いたものだが、まだ市中心部は水田や荒れ地だらけだった。それが、高層ビル街に変容していた。トウ氏は感嘆の声を上げる。
マイクロバス内では、聴力が低下し、四川なまりの強いトウ氏の「補聴器兼通訳」をつとめる三女、●榕(とうよう)氏が隣に、その周りに説明役の省と市の指導者たちが座った。後に公表された南巡講話の中で、広東省滞在中の重要談話の多くは移動中に行われ、克明に記録された。
《当時、謝非(しゃひ)広東省書記の秘書だった陳建華(ちんけんか)氏は、トウ氏の発言をすべて録音、毎夜、文書化して党中央に送った、と証言している》(田炳信(でんへいしん)著「トウ小平最後1次南行」)
この日の移動中、深セン市の李★(りこう)書記(肩書は当時、以下同)が、成長率は20%超、外資利用も順調などと説明すると、トウ氏は「全体に占める外資の割合は」と聞く。「約25%です」と書記が答えると、トウ氏はうなずいて話した。
「経済特区には最初から反対意見があった。資本主義じゃないかと。深センの建設の成果は、そうした懸念への明確な回答だ。深センは外資は4分の1で、公有制が主体であり、社会主義であって資本主義ではない」
「一部の人は外資が増えた分、資本主義も増えるとか、三資企業(外国との合弁など)が多くなると資本主義も多くなり、資本主義が発展すると言う。こうした人たちは基本的常識さえない。三資企業がもっと増えても恐れることはない」
陳雲(ちんうん)中央顧問委員会主任ら保守派に対する明白な批判だった。有力長老の中で、陳氏と李先念(りせんねん)政治協商会議主席の2人だけは、終生経済特区を訪れようとしなかった。
李★書記がさらに、外国の資本、技術、管理経験を導入しているほか、香港などの経験に学び、土地の有償利用、株式制度を進め、証券取引所を開設したと説明。それに対しトウ氏は言う。
「証券市場についても、資本主義ではないかと少なからぬ懸念があり、上海と深センで先に実験をすることにした。資本主義がやれることは社会主義でもやればいい。1、2年やってみて、だめなら正し、閉じればいいのだ。実験は断固続けるべきだ」
香港に通じる自動車道路の中国側出入境管理所のある皇崗港で、トウ氏は車を降り、対岸の香港を感慨深そうに眺めた。香港返還(97年)も、寒村だった深センの“香港化”も、「1国2制度」と経済特区というトウ氏のアイデアと指導力で成った面が大きかった。
その日の夕食後、トウ氏は迎賓館の庭を地元幹部とともに散歩した。散歩を終えたとき、幹部たちは同じ道を通って館内に戻ったが、トウ氏は別の道を選んだ。そして言った。
「わしは歩いてきた道は戻らんぞ!」
トウ氏はよくジョークを言ったが、このときは本気だったかもしれない。深センの初日から、トウ氏は高揚していた。
翌20日午前、深センの発展を象徴する国際貿易ビルに行き、53階の回転式レストランで、全市を展望、省と市幹部らに講話をした。その中で、18日に湖北省の指導者に話した中央の形式主義批判を繰り返し、こう述べた。
「発展こそが絶対的道理だ。深センの発展は実際に基づき仕事をした結果であり、文章や演説で成したものではない。空話(空論)はやめ、仕事をしろと言いたい」
20日午後、レーザーディスク工場を参観、翌21、22日は、一家全員で民俗文化村、動物園と植物園に行くが、その間にも何人かの人に会い、談話を残した。その多くは、改革・開放路線を強調したものだが、格差問題に触れてもいる。
「社会主義の道は、共同富裕が最終目標だ。条件のある地区が先に豊かになるようにしたが、貧富の格差が広がり、両極分化が生じるかもしれない。解決法は、豊かな地区が多くの税を納め、貧困地区を支援することだが、早くやりすぎ、発展地区の活力を弱め、後進地区の『大釜の飯』(国への依存)を促してもいけない」
この時点では、格差問題は今日ほど深刻ではなく、トウ氏は楽観していたフシがある。それよりもトウ氏の頭を占めていたのは、保守派の妨害を排除し発展の速度を上げることだった。
1月23日朝、トウ氏一行は税関の高速艇で、別の経済特区の珠海に向かった。乗船する直前、トウ氏は急に振り向き、見送りの李★書記に言った。
「(経済建設を)もっと速くやれよ!」(伊藤正)
●=登におおざと
★=瀬の束が景
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【用語解説】証券市場
1980年代後半に始まった株式会社制を基礎に、90年12月に上海、91年7月に深センにそれぞれ証券取引所が開設された。開設当初は上海は8銘柄、深センは6銘柄で実験的な試みとして始まった。中国人だけ取引参加できるA株(人民元建て)と、外国人と台湾、香港・マカオ居住者向けのB株(外貨建て)がある。上海市場の銘柄数は現在、A株が840、B株が54、深セン市場はA株609、B株55。