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【トウ小平秘録】(48)第2部「南巡講話」 抜擢人事
改革・開放を推し進めようとするトウ小平(しょうへい)氏の苦闘が続く。
1991年2月、トウ氏の上海視察中に上海市党委員会機関紙「解放日報」で掲載が始まった「皇甫平(こうほへい)論文」は、中央の保守派を緊張させる一方、引き締め策の緩和を求める地方指導者から歓迎された。特に3月2日に「思想の解放」を訴える第2論文が出ると、トウ氏の「談話」伝達を要求する声が地方から起こった(香港誌「鏡報」91年6月号)。
対外開放拡大を主張する第3論文が発表された3日後の3月25日、第7期全国人民代表大会(全人代)第4回会議が開幕、第8次5カ年計画(91〜95年)などを採択し4月9日に閉幕した。
5カ年計画は改革・開放の推進をうたったが、経済の効率化などのために調整策も継続するとし、年平均成長率は6%に設定された。過去2年の成長率(約4%)より高かったが、第7次計画の実績(7・8%)を下回った。
「6%」は、1人当たり国内総生産(GDP)を2000年に、80年比で4倍にする目標達成に必要な成長率だった。その控えめな目標の達成すら、調整政策を大幅に緩和し、経済浮揚を図る諸改革と外資導入などを促す対外開放なしには難しいとみられていた。
そうしたときに出現した皇甫平論文に、全国の関心が集まったのは当然だった。しかし「皇甫平」は、全人代の代表たちの間でひそかな話題になったにすぎなかった。
当時、何人かの代表を取材したが、論文についての質問には「読んでいない」「知らない」といった答えばかりだった。公然と口にするのはタブーになっていた。
全人代では注目すべき人事があった。後に首相として辣腕(らつわん)を振るう朱鎔基(しゅようき)上海市書記と穏健改革派の鄒家華(すうかか)国家計画委主任が副首相に選ばれたのだ(肩書は当時、以下同)。トウ小平氏が上海視察中に決めたという(「鏡報」91年6月号)。
皇甫平の第4論文は全人代閉幕から2週間後の4月22日に発表された。それは朱鎔基氏らを抜擢(ばってき)したトウ小平氏の意図を説明していた。
「改革・開放には大量の徳才兼備の幹部が必要だ」と題した文章には、トウ小平氏の「上海談話」からの引用はない。引用しているのは、「明白人を大量に選抜せよ」という10年前の会合での発言だ。「明白人」とは業務に通じた人を指す。
論文は、トウ氏の次の言葉を紹介した。
「われわれは資本主義社会は良くないというが、人材を発掘、人材を使う面では非常に大胆だ。資本主義社会では、序列にとらわれず、適格なら使う。それが当たり前と考えている」
論文のポイントはその後に、「性悪説」で有名な戦国時代(紀元前3世紀)の思想家、荀子(じゅんし)の言葉を引用、解釈した部分にある。
「荀子は、国を治める基本として、さまざまなタイプの人材を広く起用すると同時に、悪人が指導部中枢に混入するのを防ぐ必要を提起した」
「悪人」とはどんな人を指すのか。
「『言葉はいいが、行いは悪い』一部の『国妖』、二面派、二また派といった連中であり、彼らを幹部の隊伍(たいご)に混入させてはならないのは疑問の余地がない」
「国妖」(国を危うくする妖怪)とは、穏やかな表現ではないが、要するに、改革・開放を唱えながら、じつは改革・開放に反対、ないし消極的な指導者を指弾しているのは明らかだった。
第4論文発表のころには、「皇甫平」がトウ小平氏の代弁者であることは常識になっていた。トウ氏が朱鎔基、鄒家華両氏の人事で、改革・開放にてこ入れすると同時に、江沢民(こうたくみん)指導部に警告したといえる。
しかし保守派が沈黙していることはなかった。皇甫平論文への反撃は3月下旬から始まり、4月下旬以降、「姓社姓資」(社会主義か資本主義か)論争が本格化する。バックには陳雲(ちんうん)中央顧問委員会主任を中心にした保守派長老がいた。
91年5月17日付の共産党機関紙「人民日報」は第1面に、陳雲氏が上海で、朱鎔基副首相および呉邦国(ごほうこく)書記(朱氏の後任)ら上海市の指導部から報告を受け、「15字指示」を送ったと報じた(「陳雲年譜」によると、会見は5月9日)。
陳氏は90年10月に療養のため上海に行った後、動静が伝えられなかった。この報道のあった日、陳氏は北京に戻る。91年10月に再び上海に移るまでの間、江沢民、姚依林(よういりん)、宋平(そうへい)氏ら指導部や李先念(りせんねん)政治協商会議主席と個別に会い、会話した。
それらは「陳雲年譜」に記載があるが、それ以外に保守派の論客、●力群(とうりきぐん)氏らとも連絡をとり、「(計画経済が)ないがしろになっては安心できない」などと語り、皇甫平論文を放置するなと指示したという(「鏡報」91年11月号)。
第14回党大会を92年に控え、「姓社姓資」論争は権力闘争へと突き進む。(伊藤正)
●=登におおざと
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【用語解説】15字指示
「不唯上、不唯書、只唯実、交換、比較、反復」という15字の陳雲氏の信条に基づく行動基準。「上級の言うままにならず、書にばかり頼らず、実際に基づき、意見を交換、比較し、反復して考え事を決める」という意味で、陳氏は90年1月、浙江省の指導者に、事に当たっては比較検討し異なる意見も聞くことが必要と強調。これが1年後の91年1月に人民日報が大きく報道したことから、トウ小平氏のやり方を批判したとの観測を生んだ。

