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【トウ小平秘録】(3)第1部 天安門事件 胡耀邦の死
今年1月15日、元中国共産党中央顧問委員会副主任の薄一波(はくいっぱ)氏が98歳で死去した。
天安門事件で強硬路線をリードした8大長老の最後の1人だった。1980年代、中国政治の支配者は、トウ小平氏を中心にした8大長老であり、87年1月の胡耀邦(こようほう)総書記解任劇も彼らの合意による。そのとき、薄氏も解任を積極支持している。
胡氏の解任は、86年12月に安徽省合肥で始まった中国科学技術大学学生らの民主化要求デモに関し、「ブルジョア自由化を放任した」ことが直接的罪状にされた。背景には開明的な積極改革派の胡氏と保守派長老らとの確執があった。
当時、貴州省書記だった胡錦濤(こきんとう)氏は、部下に「(処分は)あまりに不公平だ」と語ったという(「亜州週刊」07年1月7日号)。
そうした思いは学生や知識人の多くに共通していたが、解任に対する抗議行動は起こらなかった。後任に、改革派の趙紫陽(ちょうしょう)氏が選ばれたことも一因だった。
89年4月15日午前7時58分、その胡耀邦氏が死去した。8日の政治局会議中に心臓発作を起こし、入院先の北京病院での急死だった。「大衆は極めて強く反応するだろう」と予感したことを、当時「人民日報」副総編集長だった陸超祺(りくちょうき)氏は香港で06年に出版した「六四内部日記」(卓越文化出版社)に記している。
予感通りに事態は展開していく。
訃報(ふほう)が伝わった15日夜には、北京大学など一部の大学に胡氏を追悼する壁新聞が張り出された。16日になると、壁新聞は少なくとも20大学に拡大、長老政治を批判など政治的内容のものも増えだした。天安門広場の人民英雄記念碑では花をささげて、胡氏を追悼する一般市民も現れた。
そして17日午後、中国政法大学学生らが天安門広場までデモをしたのを皮切りに、各大学が競ってデモを組織、規模が大きくなると同時に、その性格も胡耀邦追悼から、保守派攻撃へと転じていく。
胡氏の急死は、指導者たちにも衝撃を与えた。2001年に刊行された張良編著「中国『六四』真相」(明鏡出版社)によると、温家宝(おんかほう)中央弁公庁主任(現首相)から報告を受けた趙紫陽総書記は、政治局緊急会議を招集、訃告の内容や葬儀の手はずを整え、午後、トウ小平氏に報告に行った。トウ氏は既に訃報を知っていてかなり平静だったが、政治秘書の王家瑞(おうかずい)氏は後にこう語ったという。
「小平同志は耀邦同志の死を聞くと、吸っていたたばこを消し、両手の指を力なく胸の前で交差させたまま一言も発しなかった。しばらくしてまたたばこを手にし、猛然と吸い始めた」
胡氏の急死について、トウ小平氏は、その夜発表の訃告で胡氏を「長い試練を経た忠誠な共産主義戦士、偉大なプロレタリア革命家、党の卓越した指導者」と位置づけるとの趙氏の報告に同意、さらに22日の追悼大会に出席すると表明した。
胡氏の解任(87年1月)の理由が「ブルジョア自由化」だったことからすれば異例といえる扱いだった。
半世紀に及ぶ腹心であり右腕だった胡氏への同情もあったろうが、04年刊行の「トウ小平年譜」には、胡氏の死に関して「4月22日、人民大会堂で挙行された胡耀邦追悼大会に出席」としかなく、脚注で追悼期間中に北京などで学生デモや動乱が発生したと記されている。
むしろトウ氏は「大衆の反応」を警戒したのだろう。76年1月、人望を集めた周恩来首相の追悼大会に毛沢東が出席せず、大衆の疑問を招いたことがある。周氏の追悼演説をしたトウ氏は失脚、同年3月末からの周氏の追悼活動が弾圧された、第1次天安門事件に発展した。
「トウ氏に限らず指導者たちが76年の事件の再来を避けようとしたのは間違いない」と中国のベテラン記者は話す。76年は北京市民の極左4人組への反発が、周氏追悼の形で爆発したが、89年はそれよりはるかに強い反発を招く社会的条件があった。
天安門事件後に刊行された北京市党委員会弁公室編集の「1989北京制止動乱平息反革命暴乱紀事」によると、同市党委は4月15日午後7時、一部の大学と周辺区党委幹部を招集し、「少数の下心を持つ者の扇動を警戒せよ」と指示したという。
さまざまな立場の人が胡氏死去に不穏な予感を持っていた。学生のデモが始まると予感は現実に変わり、悲劇へと向かっていった。
その経緯を追う前に、事件の背景をみていきたい。
(中国総局長 伊藤正)
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【用語解説】8大長老
トウ小平・中央軍事委員会主席▽陳雲・中央顧問委員会主任▽楊尚昆・国家主席▽薄一波・中央顧委副主任▽彭真・前全人代常務委員長▽李先念・全国政治協商会議主席▽王震・国家副主席▽トウ穎超・前全国政治協商会議主席(周恩来元首相夫人)−の8人。いずれも革命第1世代の共産党幹部で、党内で大きな発言力をもっていた(肩書きは89年6月当時)

