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【音楽の政治学】ベトナム 反戦のシンガーソングライター

2008.6.2 16:18
このニュースのトピックス音楽の政治学
1975年4月29日、サイゴンでは陥落を目前に、米軍ヘリで脱出しようと、人々が米国大使館に大挙押し寄せた(AP)1975年4月29日、サイゴンでは陥落を目前に、米軍ヘリで脱出しようと、人々が米国大使館に大挙押し寄せた(AP)

 1968年1月1日、米ニューヨーク・タイムズ紙は「ベトナムのギタリスト 戦争の悲哀を歌う」との見出しで一片の記事を掲載した。そこには、南ベトナムのサイゴン(現ホーチミン)で、反戦のシンガーソングライターとして名声を築き始めた28歳のチン・コン・ソン氏の活動の様子が記録されている。

 当時、米国ではベトナム戦争に対する反戦運動が活発化し、記事が掲載される直前には反戦週間がもたれ、ワシントンでは歴史的な平和行進が行われていた。米国はベトナムへの介入を強め、ジョンソン政権下の67年7月、投入兵力は47万2000人に達していた。

 ソン氏は、同郷の女性歌手カン・リーさんと組み、サイゴン大学の周辺で反戦と愛を訴え続けていた。初めてのコンサートは古いマイクが1本用意されただけの野外の空き地だったが、何千という若者が2人を囲み、翌朝まで歌い続けたという。

 ♪古い塔に雨が降る…濡れた落ち葉を踏みしめながら…。

 今でも、ベトナム人の“心の故郷”であり、日本人歌手もカバーしている「美しい昔」は、2人の当時の代表的なヒット曲だ。このラブソングが人々の心に浸透したのは、ベトナムの伝統を古い塔に喩(たと)え、戦禍にあえぐ人々の涙を雨に見立てるなど、歌詞の隠(いん)喩(ゆ)の意味を理解していたからだった。

 72年、南ベトナム政府はついにソン氏の曲を反戦歌として発売禁止処分にした。だが、その後も人々は、活動を続ける同氏の曲をテープに録音し聞き続けたという。

 75年4月30日、運命の転機が2人に訪れる。北ベトナムと解放戦線軍の攻勢でサイゴンが陥落。カン・リーさんは祖国を脱出し、ボートピープルとして米国に渡った。一方、ソン氏はとどまった。「ベトナム戦争を含む30年にも及ぶ戦争や、人々の心を伝えながら、この国の将来を見届けたい」というのが理由だった。南北統一後も、新政府による同氏への弾圧は86年のドイモイ(刷新)政策の導入まで続いた。

 「美しい昔」をはじめとするヒット曲は、今もホーチミンのライブハウスで歌い継がれ、ソン氏の功績が色あせることはない。

  (バンコク 菅沢崇)

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1975年4月29日、サイゴンでは陥落を目前に、米軍ヘリで脱出しようと、人々が米国大使館に大挙押し寄せた(AP)
「人々の心にある戦争の悲哀を歌いたい」と語っていたチン・コン・ソン氏の伝記。今もベトナムの国民的シンガーソングライターとして人気は衰えていない(菅沢崇撮影)

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