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【グローバルインタビュー】ひ孫が語る−現代に生きる岡倉天心の精神 (1/2ページ)

2008.3.16 12:10
このニュースのトピックスグローバルインタビュー
正装した岡倉天心(1904年末撮影)正装した岡倉天心(1904年末撮影)

 東京美術学校(現東京芸大)の創設に尽力したことで知られる明治期の美術家、岡倉天心。美術界にとどまらないその活躍への関心は今も高い。ことに、詩人タゴールとの交流を通して日印友好の先駆けとなったことで知られ、近年も両国首脳が相次いでその友情に言及した。海外に幅広い人脈を築いた天心の魅力を、ひ孫で大東文化大教授の岡倉登志氏に聞いた。

来日し墓参も

 インドのシン首相は訪日した一昨年末、国会演説の冒頭で「タゴールと岡倉天心は、私たちアジアの偉大な両国の間に新しい理解の橋を架けた」と述べた。安倍晋三首相(当時)も昨夏の訪印時、インド国会での演説で天心やタゴールの名を挙げ、「(日印の人々は)魂の深部における交流を持っていた」と指摘した。

 登志氏によると、交流は1902年1月、天心がカルカッタ近郊でタゴール家と知り合ったのがきっかけで始まった。その後訪米してボストン美術館中国・日本部にポストを得た天心は、同美術館がインドの美術品を充実させたいと考えたこともあって12年に再び訪印、タゴールと旧交を温めた。

 この翌年に天心は死去、タゴールはその直後にアジア初のノーベル文学賞を受賞した。タゴールは16年に来日し、墓参りや瞑想(めいそう)をして天心をしのんだという。

 「タゴールは欧州文化の優れた点を受け入れる『ヒンズー改革主義』に属し、東西文化の融合の思想を抱いていた点で天心と共通していた。また、『アジアは一つ』という天心の東洋における理想や平和思想なども共有していた」(登志氏)

文化的特使

 天心は著書「日本の目覚め」や「茶の本」を英語で刊行、日清戦争を機に欧米に広がっていた「黄禍論」を打ち消し、日本人に対する正しい見方を海外に広めるよう努めた。日英同盟締結から数年後のことだ。登志氏は、「植民地主義や帝国主義、黄禍論などが渦巻く世界で、天心は正しい日本文化への理解を促進する文化的特使の役割を果たした」と評価する。

このニュースの写真

曾祖父の天心について語る岡倉登志さん(佐藤貴生撮影)
正装した岡倉天心(1904年末撮影)
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