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ポト派取材で不明の記者を慰霊 没後34年で遺族が訪問

2008.1.28 11:06
このニュースのトピックスアジア・オセアニア
故石山幸基記者の慰霊式で合掌する妻、陽子さん(手前左)と長女、美枝子さん=27日、カンボジア中部コンポンスプー州(共同)故石山幸基記者の慰霊式で合掌する妻、陽子さん(手前左)と長女、美枝子さん=27日、カンボジア中部コンポンスプー州(共同)

 1970年代カンボジアでポル・ポト派の支配地域に取材に出掛けたまま行方不明となり、死亡した共同通信元プノンペン支局長の石山幸基記者=不明時(30)=の遺族や元同僚らが27日、同記者が埋葬されたとされる同国中部コンポンスプー州の山岳地帯周辺を初めて訪れ、慰霊式を行った。

 石山記者は73年10月、当時のカンボジアのロン・ノル政権と武力闘争を続けていたポル・ポト派の支配地域「解放区」に向かい、行方不明に。ポル・ポト政権崩壊後の81年に共同通信が現地調査を行い、同記者は74年1月ごろ、ポト派の拠点があった同州クチョール山で病死し、埋葬されたことが地元住民の証言で分かった。

 石山記者と親交があったフリーカメラマンの一ノ瀬泰造さん=不明時(26)=も、石山記者から1カ月後にポト派支配地域だったアンコールワット遺跡を目指して消息を絶ち、その後、同派に殺害されていたことが判明。カンボジアでは70年代に複数の日本人の記者らが命を落とした。

 クチョール山周辺は長らくポト派の支配地域だったため立ち入りが難しかったが、遺族らは27日、同山を眼前に一望できる地点まで初めて到達。石山記者が埋葬されたとされる南側斜面に向け合掌した。

 石山さんの妻、陽子さん(62)と長女、美枝子さん(34)は「ここまで来られるとは思わなかった」と話し、山の斜面を見つめていた。

(共同)

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故石山幸基記者の慰霊式で合掌する妻、陽子さん(手前左)と長女、美枝子さん=27日、カンボジア中部コンポンスプー州(共同)
共同通信元プノンペン支局長の石山幸基記者

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