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ブット元首相暗殺 パキスタン情勢混迷
【バンコク=菅沢崇】パキスタンの首都イスラマバード近郊のラワルピンディで27日、支持者らの集会に参加したブット元首相(54)の近くで自爆テロとみられる爆発や発砲があり、フランス通信(AFP)は内務省当局者の話として、元首相が死亡したと伝えた。治安当局が厳戒態勢をしくなか、元首相の出身地、南部シンド州で放火などの暴動が起きたとの情報もある。民主化を求めてきた元首相が暗殺されたことで、来月8日実施予定の総選挙を含め、パキスタン情勢が混迷の度を深めるのは確実だ。
ブット元首相はこの日、ラワルピンディの集会会場で支持者らを前に演説を行っており、爆発は演説の終了前後に起きたもよう。警察当局によると、自爆テロ犯は爆弾を爆発させる前に元首相に対して発砲したとみられ、元首相は首に被弾していた。元首相は直後に病院に搬送されたが死亡した。
爆発により、元首相のほか集会の参加者や警察官ら約20人が死亡、多数が負傷した。現場周辺にはばらばらになった被害者らの体の一部が散乱、爆発の威力の大きさをうかがわせた。
ブット元首相暗殺の報を受け、米英や隣国インドなどが一様にテロを非難、国連安保理は緊急会合を開く見通しだ。現地からの報道では、パキスタンのムシャラフ大統領はテロを強く非難するとともに、関係閣僚と緊急会合を開き、今後の対応を協議した。
パキスタン人民党(PPP)を率いるブット元首相は総選挙への出馬を目指し、10月18日に8年以上にわたった事実上の亡命生活を終えて帰国した。米国の仲介でムシャラフ大統領との連携を模索する一方、11月下旬に辞任するまで陸軍参謀長を兼務してきた大統領の強権姿勢を批判、民主化を求めていた。
7月に首都イスラマバードでモスク籠城(ろうじょう)事件が起きた際、元首相は立てこもったイスラム過激派への武力行使を支持し、過激派とも敵対関係にあった。帰国直後には元首相のパレードの車列を狙ったとみられる自爆テロで約140人が死亡、500人以上が負傷しており、常に襲撃される危険にさらされていた。
ラワルピンディでは同日、シャリフ元首相が率いる別の野党集会でも発砲が起き、4人が殺害された。
■ベナジル・ブット氏 1953年6月、パキスタン南部カラチ生まれ。88−90、93−96年、同国首相。故ズルフィカル・アリ・ブット元首相の長女。69−77年、米ハーバード大、英オックスフォード大に留学。ハク陸軍参謀長による77年のクーデター以降、自宅軟禁。84年英国へ亡命。86年に帰国、民主回復運動の中核として反政府運動を展開。88年の総選挙で大勝、同年12月イスラム圏初の女性首相。99年4月、汚職などで有罪判決、滞在中の英国から帰国せず事実上の亡命生活に入り、同10月のクーデターで政権を掌握したムシャラフ大統領の軍政を批判、民主化を要求。2007年大統領選と総選挙を控え、ムシャラフ氏との政権協議で汚職訴追が取り下げられ、10月18日、約8年半ぶりに帰国。直後の19日未明には暗殺を狙った自爆テロがあり、支持者ら約140人が死亡した。(共同)
