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【音楽の政治学】ベネズエラの若き天才と「国歌」の重み
2007年5月27日、ベネズエラ最大の民放テレビRCTVは放送免許更新をチャベス大統領に拒否され、閉鎖に追い込まれた。
日付が変わってRCTVの電波が途絶えた後、画面に映し出されたのは、オーケストラを前に指揮棒を握る1人の若者だった。グスタボ・デュダメル、27歳。ベルリン・フィルの首席指揮者サイモン・ラトルが「これまで出会った中でもっとも驚嘆すべき才能」と激賞するベネズエラ出身の若手指揮者である。
黄、青、赤のベネズエラ国旗になぞらえたジャンパーをまとい、にこやかに、力強く演奏を繰り広げる。反政府系テレビ局の消滅を祝福するかのように…。
国を代表するスターのそんなふるまいをみて、苦々しく思ったベネズエラ人も多かったに違いない。放送後には、デュダメルを、ナチスへの協力を疑われたドイツの名指揮者、フルトベングラー(1886〜1954)になぞらえる論評も出回った。
だが実は、演奏は録画だった。政府の要請に対し、ライブ演奏だけは勘弁してほしい、と懇願した結果だったのである。
デュダメルと、彼が率いるシモン・ボリバル青少年管弦楽団は、「芸術と政治は別」とすましていられるほど気楽な立場にはない。
同楽団はベネズエラの青少年を対象にした音楽教育プログラムの一環として、75年に発足した。スラム出身の子供たちをスカウトし、一流の音楽家に育て上げることで有名だ。そしてチャベス大統領は歴代政権の中でもっとも熱心な支援者として、プログラムの年間予算をほぼ全額、国家補助している。
そんな事情を考えれば、デュダメルの置かれた立場が見えてくる。
ベネズエラ政治は、常に富裕層と貧困層の対立の中で動いている。RCTVをはじめほとんどのメディアは富裕層を基盤としており、貧困層を代表するチャベス大統領とは必然的に敵対関係にある。
独裁と民主主義との戦いであれば、民主主義の側に身を置きたい。しかし富裕層と貧困層との対立軸からみれば、デュダメルは抜きがたく後者の一員なのだ。
デュダメルは来年9月、ロサンゼルス交響楽団の音楽監督に就任する。いっこうに対立が収まりそうにない祖国は、新天地ロスへ飛んだ彼の目にどう映るのだろうか。(ロサンゼルス 松尾理也)

