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【早読み/先読み アメリカ新刊】ライスはブッシュの下でどう変わったか(前半) (3/4ページ)
父親がデンバー大学学部長補佐になったためデンバーに移り、15歳の時にデンバー大学入学、19歳で卒業、その後75年にノートルダム大学を経て国務省入り。81年にはデンバー大学で博士号を取得したのちスタンフォード大学助教授、87年には准教授。東欧史、軍事史にライスありとの声望をほしいままにしていた。そして89年から2年間、先代ブッシュ政権下の国家安全保障会議(NSC)の東欧ソ連部長に抜擢された。上司は穏健中道派のブレント・スコウクロフト大統領補佐官だった。
その後91年にはスタンフォード大学に復帰、93年には教授に昇進した。01年、現ブッシュ政権では国家安全保障担当補佐官として外交政策立案に当たった。04年にはパウエル国務長官の後任に指名され、現在に至っている。
その後ケスラーは補佐官としてのライス、国務長官としてのライスを取材することで、ブッシュ外交を現場から目撃する。「補佐官時代のライスと国務長官になってからのライスは大きく異なっていた」とケスラーは指摘する。補佐官時代にはかつての上司だったスコウクロフト氏を手本に振舞う現実主義者だったのが、国務長官になった途端、空想的思想家に変身してしまったというのだ。
補佐官時代、現実主義者であるライスは、ラムズフェルド国防長官(当時)やチェイニー副大統領といったネオコンに気兼ねして、極端な楽観主義を唱えるラムズフェルドをたしなめることもできず、ブッシュが青写真もないままのイラク占領に突き進んでいくのを止めることすらできなかった。つまりライスはイラク侵攻は反対だったにもかかわらず、補佐官としてそうブッシュに助言できなかったというのだ。
ところが、国務長官になると、テレビのインタビューで、「決定的証拠がないからといって、煙の出ている銃がいつ原爆のキノコ雲になるかわからない。われわれをそれを黙ってみているわけにはいかない」と大見えを切るようになる。ライスは「中東地域の民主化こそアメリカとって最重要なことだ」とまで言い出すのである。

