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スポーツ
【阪神タイガース事件史・第3部】12億円を蹴り、「かも~」で決めた“宇宙人”新庄のメジャー挑戦 FA狂騒曲
記憶に残る選手
私服で記者会見などに臨んだとき、身につけている服装や乗ってきた愛車が話題になるスポーツ選手が、たまにいる。阪神時代の新庄剛志は、まさにそういったタイプだった。新庄自身がことさら、その部分を取り上げてほしいと思っていたわけではないだろうが、「注目を浴びなければ気が済まない」とのオーラを常に発していた。
グラウンドで挙げた数字はそれほどでもないが、時に派手なプレーを披露する。敬遠球を強引に打ってサヨナラ安打にしたり、ものすごい強肩で走者を封殺したり…。失策や絶好機での凡退ですら、絵になった。間違いなく、記録ではなく記憶に残る選手だった。
ことに、低迷が続いていた野村監督時代の阪神では、他に華のある選手がいなかったこともあり、話題を独占。1年目に投手との“二刀流”に挑戦し、2年目には初めて開幕戦で4番を務めた。他の選手と野村監督との間には距離ができ始めていたが、新庄だけは知将との関係が親密に見えた。
「イチロー君は、かわいそう」
そんな新庄がフリーエージェント(FA)の権利を取得したのは、シーズン真っただ中の平成12年(2000年)8月5日。試合前の練習では報道陣を避けるように、ベンチやロッカー室に寄りつかなかった。
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