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【話の肖像画】「左遷」が変えた人生(下)日本サッカー協会名誉会長・川淵三郎
■70歳からの家事に悪戦苦闘
−−闘病中の奥さんに代わって、70歳にして初めて家事をやったそうですね
川淵 家事がいかに大変か、よく分かりましたよ。掃除、洗濯、炊事…。家事はきりがないでしょう。それまでは、まさに“絶対君主”で、家事なんか、ほとんどやらなかった。料理どころか、塩やおはしがどこにあるかさえ、知らないんだから。
−−今は?
川淵 娘と分担していますが、朝、晩の食事の用意と皿洗い、フロ掃除などは主に僕がやる。料理は準備がすごく大変なんですが、食べるのは一瞬なんだ(苦笑)。女房が横からうるさいんですよ。「ジャガイモのむき方はそうじゃない」とか「ピーマンは…」とかね。
でも、皿洗いはだんだん楽しくなってきましたね。「達成感」があるから、たまっているとすぐに洗っちゃう。まだ一枚も皿を割っていないのが僕の自慢なんですよ。
−−家庭では2人の娘さんにも厳しかった
川淵 僕がダメと言ったらダメ。「口答え」など、絶対に許しません。25歳を過ぎても門限は午後10時。ちょっとでも遅れたら、大カミナリ。娘が、幼稚園の先生になるために、ちょっと離れた短大に行きたいと言ってきたときも「学費は出さないよ。自分で働いてゆけ」と…。
−−本気で?
川淵 本気じゃないですよ。そういえば、近くの短大に進むと思っていたのです(苦笑)。ところが、娘は自分で職場まで決めてきて、その寮から短大に通った。学費はもちろん、卒業するときは貯金までしていたからね。厳しくしたことが娘の自立心を養ったのかもしれません。でも今はまったく逆。僕が折れてばかり。孫にも甘い、甘い(笑)。
−−最後にサッカーの話をうかがいましょう。「2050年までに、もう一度日本でW杯を開催して、日本が優勝する」と
川淵 「(2050年になる)113歳まで生きるつもりですか?」なんて聞かれるんです。でも、「生きていない」という保証もないでしょう(笑)。
今回、4大会連続のW杯行きを決めたウズベキスタン戦(6月6日)にしても、アウェー(敵地)の厳しい状況の中で、よく勝ったと思う。僕は最近、「日本人にはサッカーが向いているんじゃないか」と思うようになった。2050年まで待たずとも、W杯優勝の目標は達成できますよ。(喜多由浩)

