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熱戦「メキシコ世代」もエール…なでしこ躍進、メキシコ組ねぎらう
今も語り継がれる「金字塔」を打ち立てたメキシコ五輪で銅を獲得した当時のメンバーも「なでしこ」たちの活躍をたたえた。
なでしこリーグの愛称で知られる日本女子サッカーリーグが始まったのは平成元年9月。サッカーJ2・サガン鳥栖のゼネラルマネジャーを務める松本育夫さん(66)は「20年でメダルを争えるようになったのは大変な進歩」。
サッカーの認知度が低く、Jリーグ発足など考えられなかった昭和30〜40年代の男子と、「なでしこ」には共通点がある。サッカーと仕事を両立する選手が少なくないことだ。
「午後6時近くまで会社で働き、9時まで練習。残業があるからグラウンドから会社に戻ったこともあった」と松本さん。二足のわらじを履きながら北京に臨んだ女子選手を「仕事が甘い人は練習も甘い。代表に入るほどの選手は仕事も一生懸命なのでしょう」と評した。
俊足を武器にした静岡県サッカー協会副会長の杉山隆一さん(67)は「メキシコも、なでしこもチームが一つにまとまっていた。『前へ、前へ』という姿勢も同じ」と説明する。
この姿勢は、東京五輪で男子コーチを務め、日本サッカーの発展に貢献したドイツ人のデットマール・クラマーさん(83)の教えが影響しているという。
「『失う物は何もない。前向きにプレーしろ』という教えがメキシコにも受け継がれた」と、杉山さん。北京五輪で男子は一度も勝てなかったが、「ボールを持つと、すぐに最終ラインに下げていた。なでしこに比べて前向きでなかった」。杉山さんは、“日本サッカーの父”といわれたクラマーさんのDNAが、男子には受け継がれていないことにがっかりしていた。
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