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Jリーグ15年 熱は冷め不信募る? (1/2ページ)
1980年ごろ、上京の折に訪ねた国立競技場の光景が忘れられない。Jリーグの前身、社会人リーグ(JSL)の試合をやっていた。ゲートから中に入ると、客席を埋めていたのは50人を出ていなかった。5万人収容のナショナルスタジアムで、これだけ人がいないのも壮観だった。
センターライン上の両スタンドに陣取る両軍応援団で計40人弱。中古のラジカセの割れるような大音響に合わせて踊る数人のチアガール、囲むようにして声をからす男性社員たち。そんな2つの小さな人の塊(かたまり)を除けば、グルッと見渡して10人いたかどうか。空っぽの客席を散歩した。聖火台近くに並んで座るアベック、新聞を読む中年男性、昼寝をしている男性もいた。
ひどい試合だった。両軍DFとも「蹴鞠」のようにクリアボールを漫然とけり上げ、相手が迫ってくるとすぐライン外にボールを出す。「競り合ってけがしたくないんだ」と思った。そのときだった。客席に座っていた男子小学生2人がグラブを手にキャッチボールを始めたのである。
なぜサッカー会場で、わざわざ、それをするかなあ、君たち。当時、大学生だった私は「日本サッカーに未来はない」と切ない確信を抱かざるを得なかった。
1993年5月15日、Jリーグ開幕。同じ国立競技場のピッチに降りて、私は満員の客席を何度も見渡した。打ち振られる旗の波、大歓声。
「若者は歓喜の声をあげ、おじさんたちは、むせび泣いた」。翌日、そう報じた新聞があったが、その通り。同じスタジアム、同じサッカーとは思えなかった。
その後、Jリーグは紆余(うよ)曲折をたどりながらも少しずつ歴史を刻んできた。だが−。
創設から15年という節目の今年、Jリーグに祝賀ムードはまるでない。というより問題ばかりが続き、幹部たちは春から頭を抱えている。
選手による女性の下着窃盗事件や飲酒運転が発覚したかと思えば、カード乱発で批判された審判問題では、ついに主審が選手に「死ね」と言ったとか言わなかったとか。我那覇和樹(川崎)の静脈注射は1年ががりでドーピングの処分撤回となったが、1年も必要だったのかどうか。対処がチグハグで不信の種ばかりまいているように見える。

