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【スポーツコラム】度胸から円熟へ 眼鏡監督の決意 (1/2ページ)
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前回は監督更迭による臨時就任。今回は病気で倒れた監督の後釜としての緊急着任である。サッカー日本代表の岡田武史新監督(51)。1998年フランスW杯以来の再登板を日本協会の川淵三郎会長は「損な役回り」と評した。オシム前監督の「考えるサッカー」が浸透しつつあった矢先の交代劇。半煮え状態でのバトンタッチは確かにやりづらい。
10年前の就任は青天の霹靂(へきれき)だった。「よく覚えていない」と岡田監督は、けむに巻く。1997年10月。フランスW杯アジア最終予選を戦っていた。1勝1敗1分けで乗り込んだカザフスタン。引き分けて3位に落ち、窮地に追い込まれた。日本協会の長沼健会長(当時)は加茂周監督更迭、岡田コーチの監督就任を発表。表情をこわばらせた岡田氏は汗でずり落ちるメガネを人さし指で押し上げて、抱負を語った。一躍時の人となった。
ただ、取材にあたっていたわたしは、姿を消した加茂氏が気掛かりでならなかった。次戦に向け岡田監督と選手がタシケント入りした同月5日、加茂氏はこもっていたホテルでインタビューを受け入れた。「悔しいけど、負けたらベンチの責任やから」。ゾーンプレスという最先端の戦術を取り入れ「日本人監督ならこの人」と評価されていた。だがカザフスタン戦を終え、事態は一変。車に乗り込もうとしたとき、日本の男性ファンからつばを左頬にはきかけられ、あげく更迭。失意のどん底だった。インタビュー後、居残っていた他の記者と誘った中華店では赤ワインを注文し、ボトル6本飲み干した。帰国の際、手にしていたのはエコノミー切符。日本人プロ監督第1号が味わった屈辱は、悲願のW杯出場への入り口ともなった。