ニュース: スポーツ RSS feed
ワンジル、仙台仕込みの「我慢」でV 日本語でメール、後輩の実家に仕送りも (2/2ページ)
トラックを駆けるワンジルに、渡辺さんが横から「我慢、我慢、我慢、我慢!」と声をかけるのが、2人の練習風景だった。レース序盤から全力で走り、最後は息切れしてしまうケニア人選手を数多く見てきたからだ。ワンジルも5000メートルの試合でトップを守りながら、最後の200メートルで抜かれるという悔しさを何度も味わった。「ケニア人の身体能力に日本人の我慢が身に付けば、メダリストになれる」。根気強く言い続けた。高校2年の高校駅伝で優勝に貢献すると、渡辺さんに笑顔で駆け寄った。「ボスの言う通りだったよ」。
■ ■ ■
渡辺さんはワンジルの性格について「ばかがつくくらい真面目」と話す。朝練の場所には誰よりも早く到着し、移動に使うマイクロバスの掃除もさぼったことはない。福岡県の実業団に進み、ハーフマラソンの世界記録を2度更新するなど長距離界のエースとなった今も、記録会で会った後輩を食事に誘い、年に1度は母校を訪れる。
後輩にシューズやウエアなどのプレゼントを渡すワンジルを、渡辺さんが「ボスにおみやげはないのか」とからかうと、あわてて近くの店に靴下を買いに走ったこともある。自分の家族だけでなく、ケニア出身の後輩の実家にも時々仕送りをしている。
東北弁と博多弁を理解し、メールも日本語。「日本人が失った古き良きものを、ワンジルは持っている」と渡辺さん。一方で、「自分がケニア人であることを忘れてはだめ。日本人に同化したらつぶれちゃうよ」とも繰り返してきた。日本人では遠く及ばない闘争心や勝ちへの執着こそが、ワンジルの圧倒的な走りを支えてきたからだ。
世界歴代5位のタイムをマークし、北京行きを確実にした4月のロンドンマラソンの後、ワンジルから電話が来た。「これでメダリストになれる。必ず勝てる。負ける気は全くない」。有言実行の栄冠だった。
ワンジルはゴール後のインタビューで日本で学んだことを問われ「きつくても我慢すること」と答えた。そして、「きょうは我慢することができた。日本の皆さんありがとうございました」と、流暢な日本語で続けた。






