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「聖火」と呼ばれるようになったのはいつから? (1/2ページ)
英語で「トーチリレー」と呼ばれる聖火リレー。本来は「たいまつ」などの意味の「トーチ」に日本国内で「聖」という厳かな字をあてるようになったのはいつごろからなのか。
1896年に始まった近代五輪の場に火が持ち込まれたのは1928年のアムステルダム五輪からだが、競技場の「マラソン塔」と呼ばれる台に競技中、火を焚いただけだった。発祥の地アテネで採火し3000人を超すランナーの手でリレー形式で運び込むという現在の原型を作ったのが、36年のベルリン五輪だった。「古代と近代を結ぶ」という触れ込みは大いに大会を盛り上げ、後にナチスドイツがリレーコースを逆にたどって欧州侵攻に利用して批判にさらされながら、リレーは定着した。
公式には戦後の52年、オリンピック憲章に追加された「ザ・セークリッド・ファイアー(聖なるオリンピアの火)は大会が終わるまで消されない」という英文規定を体協が「聖火」と訳し定着したとされてきた。実際、戦前の東京五輪(40年)開催中止に関する体協の報告書にはトーチリレーを直訳した「炬火リレー」が使われ、「聖火」という言葉は見当たらない。
ところがベルリン五輪開会を報じた36年(昭和11年)8月3日付時事新報の紙面には「聖火到着す」の見出しがある。リレー開始を伝える7月21日付紙面にも「聖火・オリンピア發」の見出し。原稿にも「聖火台」「オリンピック聖火」という言葉がある。ただしリレーによって運ばれる火は「炬火」を使い、聖火とは区別している。