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【114の金物語(32)】1964年東京大会 体操・男子団体総合 日本
どんな鉄人にも必ず引退は訪れる。体操ニッポンをリードした小野喬も33歳になり、東京大会を花道と考えた。開会式で選手宣誓をした小野の胸中には、母国で開催される五輪で団体連覇を達成する決意に満ちていた。
10月18日に男子の規定が始まった。小野は大会直前の合宿で右肩を痛め、器具に触るだけでも激痛が走った。第2種目の跳馬でその右肩を強打。競技の合間に選手村でマッサージを受けたが、肩は鉛のように重い。崩れそうな演技を辛うじて支え、日本はソ連に1・45差をつけた。
2日後の自由演技。痛む右肩に麻酔を注射し、ほとんど動かせない状態で演技した。練習で培った熟練の技は、窮地でも光を放った。同僚が鉄棒で失速し、小野に負担がかかったが、死力を振り絞って演技し、団体3連覇を成し遂げた。小野は「この時ほど練習のありがたさを知らされたことはない」と振り返った。