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【114の金物語(31)】1964年東京大会 柔道・軽量級 中谷雄英
日本発祥の柔道が、東京五輪で正式競技に採用された。開館直後の日本武道館で日の丸をセンターポールに揚げたのは“広島の姿三四郎”こと中谷雄英だった。
「私の成績が後(中量級、重量級、無差別級)の士気に大きく響くので責任は重かった」。日本の全4種目制覇は当たり前、という空気の中での出陣。だが、心配は無用だった。5試合をすべて一本勝ち。しかも、合計9分という短時間での圧勝だった。
広島・広陵高から明大に進学したが、身長165センチ、体重68キロという柔道選手としては小柄な体だったため、体重無差別で争う団体戦のレギュラーにはなれなかった。しかし、柔道の五輪採用によって体重別の試合が導入されるようになり、活躍の道が開かれた。
3日後の無差別級で明大の先輩、神永昭夫がヘーシンク(オランダ)に敗れた。柔道の象徴である無差別級で日本が金メダルを逸したため、軽量級の優勝はあまり祝福されなかったという。