[PR]
ニュース: スポーツ RSS feed
【北京に翔ける】トランポリン・廣田遥選手、頂点見つめ… (2/4ページ)
「私は基礎から始めたけれど、同世代の子たちはもう2回宙をやっていた。雲泥の差があった」。生来の負けず嫌いに火がついた。
「友達が遊びに行った話とか聞いても、遊ぶよりトランポリンの方が楽しいと思っていた」。高校2年時には全日本選手権を制覇していた。
◇
アテネ五輪の後も、ずっと日本のトップの地位を維持してきた。ヨーロッパを中心に転戦する競技生活のサイクルが身に付いている。
だが、昨年はけがに苦しんだ。右足の骨折に左足のねんざ。練習不足のまま臨んだカナダ・ケベックで開かれた世界選手権大会は、不本意な15位の成績だった。
北京五輪の女子の日本代表枠は一つ。国内の選考大会は4月の予選を経て6月。「アテネのときも一つだったので前と同じ。北京はずっと行きたいと思っていた」と熱い思いを語る。
「けがをする前の自分の技を取り戻すこと。それから高さ、難度点を上げること」と課題はしっかり把握している。
今は難度点が高く、五輪でメダルに近づく「3回宙」(前方3回宙返り2分の1ひねり)を繰り返し練習している。
「私はトップ選手とは自分では思っていない。世界でトップになったとき、初めてそう思えるんでしょう」。視線の先にはっきりと北京がある。
家族とともに
廣田遥さんの通った器械体操やトランポリンの教室は、いずれも大阪市内にあった。自宅のある箕面市から車で送り迎えするのは母、峰子さんの役目だった。
毎週4日、放課後は学校から大阪市へ向かった。「校則で制服のまま遠くへ行っちゃだめだったんです。だから、車の中で着替えさせて、帰りが遅くなるから食事もさせてね」。
関連ニュース
[PR]
[PR]