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【大相撲豪傑列伝】(15)強すぎて嫌われたモンスター 北の湖敏満 (1/2ページ)
このニュースのトピックス:大相撲
日本相撲協会前理事長。組織の長としてはリーダーシップを欠くと指摘され、力士の大麻騒動を機に理事長の職を辞したが、現役時代の北の湖は「大将」と慕われた。不祥事を起こした力士や関係者への対応は甘かったが、土俵上の対戦相手には容赦がなかった。
「やられる前に、やる」をモットーに、立ち合いのかち上げで先手を取り、馬力を生かした寄りで相手を吹っ飛ばした。輪湖時代を築いたライバルの横綱輪島は「コンクリートの壁がつき当たってくる感じ」と証言。「立ち合いで変化しない」が身上だった大関貴ノ花が生涯1度だけ立ち合いで逃げたのが北の湖戦だった。
輪島、貴ノ花、魁傑、若三杉(二代目若乃花)、千代の富士…善戦した相手は人気者となった。昭和50年春場所、貴ノ花が北の湖を破って初優勝したときのテレビし視聴率は50・6%を記録。56年初場所、千代の富士が北の湖を破って初優勝したときの視聴率は52・2%に達した。昭和28年5月16日、NHKテレビの大相撲中継本放送が始まった日に生まれたテレビの申し子は、強すぎるゆえの悪役人気で視聴率男になった。
21歳2カ月の史上最年少で横綱昇進。勝ち越し連続50場所、2けた勝利連続37場所。53年には初場所から5連覇して年間82勝を記録し、「モンスター」「不沈艦」などと呼ばれた。しかし、肉体を酷使したツケで晩年は左右のひざなどを痛め、一転して苦しい土俵が続いた。
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