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【スポーツコラム】映画館でがっぷり、横綱の苦悩
昭和35年春場所。東横綱栃錦と東張出横綱若乃花が14日目まで白星を重ねていた。横綱同士の千秋楽全勝対決という世紀の一番を前にした夜、若乃花は緊張のため寝付けなかった。部屋を出てぶらり、千日前の映画館に入った。目が慣れてきて周囲を見渡すと、前方にちょんまげを見つけた。目を凝らした。その風貌(ふうぼう)、栃錦。若乃花は思った。「やっぱり勝負のことが気に掛かるんだな」。映画が終わると、一目散に飛び出した。
満員御礼となった大阪府立体育会館での千秋楽。14本の懸賞旗が土俵を巡り、仕切り直し7回目で両横綱が立った。がっぷり四つ。若乃花が寄り、栃錦が寄り返し、左内掛け。最後は若乃花がもろ差しとなって寄り切った。口にくわえたたばこを小刻みに震わせる若乃花が言った。「勝負はどうでもいい。立派な相撲を取りたかった」。栃錦は吹き出る汗を拭おうともせず「足が動かないもんな」とつぶやいた。
しぶとい取り口から栃錦はマムシの異名を取り、鬼気迫る相撲から若乃花は土俵の鬼といわれた。栃若時代の象徴ともいえた全勝対決。大関は琴ケ浜、若羽黒。関脇に北葉山、のちに横綱となる柏戸がいた。ベテランと若手がうまくかみ合い、土俵にさまざまなエキスを加える役者がそろっていることも、一時代を築くに欠かせない要素に違いない。
それから48年。初場所千秋楽は白鵬と朝青龍の1敗同士の横綱相星決戦となった。48本の懸賞を手にしたのは白鵬。瞬間視聴率は34・1%に上った。つりあり、投げあり。攻防の一番に「歴史に残る」と評する声も上がった。巡業を休んでサッカーに興じ、2場所出場停止の処分を受けた朝青龍は初場所で、平成10年以来となる7日間の満員御礼を出した。悪行至れりの横綱が戻ってきた土俵で、これにかなう話題はなかった。ファンの向ける目も時代とともに変わっていく。計25勝28敗7休みと今場所もふがいなかった4大関に、もはやかける言葉はない。
忘れてはなるまい。決戦を前にして映画館で鉢合わせした栃若の胸中を。負けたら引退という思いを常に抱き、土俵に上がっていた横綱の身につまるような責任感。青白二強時代を迎え、両横綱に噛みしめてもらいたい逸話である。
(運動部次長 小田島光)