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“相棒”高津から惜別の言葉「間違いなく世界一の捕手だった」
ヤクルト・古田敦也兼任監督(42)とのバッテリーで、多くの修羅場をくぐり抜けてきたヤクルト・高津臣吾投手(38)。91年の入団以来、公私ともに深い親交で、喜びと苦悩を分かち合ってきた。マウンドとホームベース以上に近い距離から見てきた「選手・古田」と「人間・古田」を語った。
監督というより、ボクにとってはやっぱり「古田さん」。あえて、そう呼ばせてもらってきた。リーグ制覇とか、日本シリーズとか、記憶に残る試合はいろいろとある。大ざっぱな表現しかできないけど、最後の苦しい局面を何度も2人で乗り切ってきたというのが最高の思い出だ。
投手と捕手との距離を置いて、指1本で会話してきた。古田さんがボクを分かってくれて、それを意図して投げて。指だけで話ができた人は他にはいない。監督になってからもいろんなことを相談しやすい人だったし、他の監督とは違った。
ボクがメジャーのトライアウトに挑戦するときも一緒に自主トレをやって、受けてくれたのが古田さん。実はあのときに、あるメジャーのスカウトが「あのキャッチャーいいね」って言ってたんだ。そりゃそうだよ。だって古田敦也だよ。そのスカウトも「そうか、あれが古田か」って納得してた。あの時点では、間違いなく世界一の捕手だった。だからメジャーに行ってほしかったとも思う。
プライベートでも親しくしてもらってきた。だから、直接は聞かなかったけど、今季で辞めるだろうという空気は分かっていた。正直で、隠し事ができない人だから。引退会見のときも「悔しい」と言ってたけど、食事してるときの会話でも、ときどき悔しさをにじませていた。チームの成績が悪かったのは、誰か1人の責任じゃない。ボクも首を絞めたうちのひとりだと思う。そういう意味では、申し訳ない思いでいっぱいだ。
監督と選手の関係ではよくないかもしれないが、古田さんとは“仲良く楽しく”やってこられた。もう受けてもらえないと思うと寂しい。でもいずれは野球界に戻ってくる人。少し、ゆっくりしてください。(談)

