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【特報 追う】クラゲが救った…山形・加茂水族館

2008.4.2 02:08

 ■「神様からの贈り物」廃館危機脱し栄誉受賞

 クラゲの常設展示数世界一で知られる山形県鶴岡市の加茂水族館が、平成20年度の日本動物園水族館協会(事務局東京)の「古賀賞」に選ばれた。同賞は希少動物の繁殖の功績に寄与した動物園、水族館に与えられる最高誉。世界初のオキクラゲ繁殖のほか、自力で経営難から立ち直った運営面も評価された。廃館の危機にあった小さな水族館の“大逆転劇”とは−。(松本健吾)

 日本海の波が打ち寄せる断崖(だんがい)に、張り付くようにたたずむ加茂水族館。築44年の小規模施設ながら、世界一を誇る常時25種以上のクラゲを展示する。現在ではクラゲ目当てに年間約17万人が訪れる。

 「負けたと思ったところからの大逆転。何が起こるか分からない。人生っておもしろい」。村上龍男館長(68)は、長かった受難の時代を振り返り、受賞の喜びに笑みを見せた。

 村上館長は、大学卒業後、東京で商社に勤めたが、昭和41年に同水族館に転職。翌年、27歳で館長に就任した。

 経営の素人だった村上館長を待ち受けていたのは想像を超える厳しい現実だった。最初の危機は昭和46年。当時、水族館を運営していた民間会社の経営が悪化し、廃館と職員の全員解雇を通知された。

 村上館長は「生き物たちを放っておけない」と、残った3人の職員と水族館に泊まりこみ飼育を続けた。4人は妻子を実家に帰し、生命保険を解約して生活費にあてた。

 東京の商社が経営を引き受けることになり、廃館だけは免れた。しかし隣県に新たな水族館が相次いで建ち「目玉も特徴もなかった」(村上館長)加茂水族館の客足は遠のくばかり。昭和45年に年間20万人いた来館者は減少の一途をたどった。

 平成6年に数千万円かけて、客を増やす“神通力”といわれたラッコを購入し設備を整え展示したが、客が増えたのはたった4カ月。9年には年間9万2000人の「どん底」にまで落ち込んだ。電気代、水道代、エサ代が払えず、飼育用ポンプを一時的に止めたことも。再び廃館は現実味を帯びていた。

     ■ ■

 そんなとき、企画展用のサンゴの水槽に、購入した覚えのないサカサクラゲの姿を見つけたのが奥泉和也副館長(43)だった。奥泉副館長はすぐに飼育に乗り出した。展示してみると客の反応は上々。ほかの水族館から「クラゲのブームはもう終わり」と皮肉られながらも、「これしかない」とクラゲの飼育、展示を進めた。

 11年には、クラゲの常設展示種数で日本一になり、クラゲを食べる会を催すなど話題も集めた。17年には本格的なクラゲの飼育、繁殖施設「鶴岡市クラゲ研究所」を設立。クラゲの展示種数が増えるに従って水族館の人気も回復し、同年、34年ぶりに年間来館者数が17万人を超えた。

 昨年、世界的にも例がないオキクラゲの累代繁殖に成功。水流や水質にデリケートなうえ、他のクラゲと異なり、無性生殖で増殖する段階(ポリプ)がないため、繁殖が困難な種だ。加茂水族館はクラゲの分野で「いつの間にか先頭を走っていた」(村上館長)。

     ■ ■

 14年に同水族館を買い戻した鶴岡市は新年度、加茂水族館の改築を目指す基本構想策定のための200万円を予算に盛り込んだ。加茂水族館は新たな一歩を踏み出そうとしている。

 村上館長は「クラゲに手を出した水族館はほかにもあるが、ここまでやったのは加茂水族館だけ。苦しい時代を乗り越えたハングリー精神があったから」とほほ笑む。

 小さな水族館を救った「神様からの贈り物」(村上館長)のクラゲは、これからも人々を引きつけ続けそうだ。

      ◇

【用語解説】古賀賞

 全国90動物園と67水族館が加盟する日本動物園水族館協会(東京)が、元協会長で初代上野動物園園長を務めた故・古賀忠道博士の業績を記念して、希少動物の繁殖や飼育技術の向上に寄与した動物園・水族館に授与する賞。昭和61年に設立した。これまでの主な受賞者は、ジャイアントパンダの繁殖に取り組んだ上野動物園(東京)、国の特別天然記念物のタンチョウを繁殖させた釧路市動物園(北海道)など。

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